2012年09月25日

尖閣諸島を取り巻いた漁船の黒幕・旺旺(ワンワン)集団と岩塚製菓について

<尖閣>台湾漁船58隻が出港 主権・漁業権を主張(毎日)
 【蘇澳(台湾宜蘭県)大谷麻由美】台湾北東部・宜蘭(ぎらん)県蘇澳鎮(そおうちん)の南方澳(なんぽうおう)港から24日午後3時(日本時間同4時)、漁船58隻が沖縄県・尖閣諸島(台湾名・釣魚台)に向けて出港した。台湾の領有権を主張すると共に漁業権の保証を目的としている。他の港から出る漁船も参加予定で、最終的には約100隻となる可能性もある。

 漁船集団は25日午前5時(日本時間同6時)ごろ、尖閣諸島の領海への接続水域(約22〜44キロ)内の尖閣南西約37キロに集結し、尖閣周辺を回遊して抗議活動をする計画。漁民は「尖閣上陸もあり得る」と話している。

 漁船には「私の伝統的な漁場を侵略するな」「釣魚台を死ぬ気で守る」などと書かれた横断幕が掲げられ、次々に出港した。台湾の海岸巡防署(海上保安庁)は「漁民の安全のため」として巡視船など10隻以上を護衛につけるほか、海軍艦艇も約56キロ海域で監視する。

 今回の出港は、中国で事業展開する台湾の米菓子メーカー「旺旺集団」会長で、主要メディアを傘下に置く「旺旺中時集団」会長でもある蔡衍明(さいえんめい)氏が個人名義で500万台湾ドル(約1330万円)を寄付したことで実現した。

意外なところで旺旺(ワンワン)の名前を見た。08年3月28日に当ブログでこの食品メーカーについて触れている。

岩塚製菓様にご提案(qzmp blog)

内容を簡単に紹介すると、香港株式市場にこの台湾食品メーカーの旺旺が上場したことにより、旺旺の株式5%を保有する岩塚製菓に大きな含み益が生まれた。乗っ取られかねないから上場廃止にしたほうがいいのでは、というもの。

今回のニュースを機に旺旺の現状を見てみたら、ほんの4年前とは大きく状況が変わっていた。株価のチャートを見ると一目瞭然だ。
ワンワンチャート

株価は4年で4倍ほどになり、今日の時価総額は1兆2888億円。上場時点では、岩塚製菓が保有する旺旺の持ち株比率は全体の5%だった。リリース等を見ても現在の数字が出てこないが、増え続ける保有有価証券の額を見るかぎり、安定株主として大きな株数の変動はないとみられる。持ち株比率を5%のままとすると評価額は644億円。岩塚製菓の発行済株式数599万5千株で割ると、旺旺株の評価額だけで1株あたり10,742円になってしまう。ちなみに岩塚製菓の本日の終値は2900円だ。

倒産寸前だった旺旺に岩塚製菓が技術供与をしたことについて、旺旺の蔡衍明董事長は今でも感謝しているという。
 
天安門事件をキッカケに、中国共産党は怖くないと確信した――蔡衍明・旺旺集団董事長(東洋経済)
 岩塚製菓がなければ、今の旺旺はない。もともと私たちの宜蘭食品は魚の缶詰などを作っていたが、赤字で悲惨な状態だった。それが1983年に岩塚と提携して煎餅の生産を始めて以来、順調に利益を上げ続けている。旺旺の社名も83年から使い始めた。

 最初に岩塚を提携のお願いで訪ねたとき、私は24歳。岩塚の当時の社長(故・槇計作氏)は40歳年上だった。正式に提携を断られたとき、私は日本に駆けつけ、社長にあらためて直談判した。そのときは工場の中で話をしたが、社長は工場にある神棚に供えられたお酒を私に飲ませてくれた。そしてこう言った。「これは金儲けのお酒。あなたがそこまで言うなら提携しましょう。失敗したら、私は社長を辞めます」。
 
 その社長を、私たちは「旺旺の父」と呼んでいる。彼からは「あなたとなぜ提携したのか、自分でもよくわからない。まさに縁としかいいようがない」と言われたことがある。旺旺の経営理念「縁、自信、大団結」の縁は、彼の言葉から取ったものだ。

中国大陸進出後は破竹の勢いで成長し、中国に106の工場と34の販社、営業所329ヶ所を展開。売上高はグリコ、明治製菓、ロッテを凌駕し、中国最大の食品メーカーになった。さらに農業・外食・ホテル・不動産・医療・マスメディアなど多岐にわたる事業展開を行う、中国有数の企業グループになっている。

前述のとおり29年前から岩塚製菓と、昨年は丸紅と包括提携を結ぶなど日本との関係は深い。しかしそれはそれとして中国で事業をしている台湾人なのだから、中国を向いた考えを持つことは当然ないし必然ということだろう。だが漁船団に個人的に寄付をしてまで尖閣行きを支援するというのも妙な話だ。旺旺のグループ企業である中天電視(テレビ局)に中継させるため、つまり数字の取れる番組作りと、中国政府と中国人民受けするパフォーマンスの一石二鳥という見方もある(漁船に旺旺と中天電視の旗が見える)。

政治と距離を置く経営者もいれば、積極的に関わる経営者もいるということだろう。対立を煽る行動のスポンサーになるとは残念なことだが。ただし台湾全体で抗議活動が大きな運動になっているわけではなく、突如中国や韓国のような反日国家になったわけではないということは押さえておきたい。

なにもこの文章で床屋政談をしたいわけではない。大きな含み益を持ったまま4年連続営業赤字で、旺旺からの年間6億円を超える配当収入によってどうにか黒字になっている岩塚製菓は、上場企業としてとてもアンバランスだということだ。株式を発行して設備投資をするなどの上場メリットを活かす機会もない。旺旺株式という換金しやすい巨額の資産を格安で買収できる状態が放置されたままである。4年前のエントリと結論は全く変わらないので、そのままコピペして済ますことにする。
「一刻も早くメインバンクと相談し、MBOをして上場廃止にすることを勧める」


<10月3日追記>ジェトロのサイトに、旺旺の台湾メディア支配に抗議する言論人の動きに関するレポートがあった。日本のメディアではまだ伝えられていない、たいへん興味深い内容だ。マスメディアが学生を個人攻撃するなど尋常ではない。一読を薦める。

反「旺中グループ」運動が問いかけるもの(ジェトロ・海外研究員レポート)
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2012年09月12日

埼玉地盤の「ぎょうざの満洲」、餃子激戦区の大阪に本日開店


ぎょうざの満洲、関西へ進出 5〜10年後に50店(日経 12年8月28日)
3割うまい.gif 埼玉県を中心に中華料理チェーンを展開するぎょうざの満洲(埼玉県坂戸市、池野谷ひろみ社長)は関西に進出する。9月以降に大阪市へ2店を出し、今後5〜10年で関西圏で50店舗体制にする。埼玉県と東京都西部に集中して出店してきたが、店舗網の偏りが災害時などのリスクになると判断し出店地域を広げる。

 まず9月中旬にJR大阪環状線の野田駅前、11月下旬に京橋駅前と大阪市内に2店を開く。2店合計で客席数は110席、月間1500万円の売り上げを見込む。設備投資額は8000万円。

 今後は大阪市内や阪神間で年間4店程度の出店を進め、15年には関西に生産工場を建てることも視野に入れる。関西圏へは当面は坂戸工場(埼玉県坂戸市)から冷凍ギョーザを運ぶ。

 ぎょうざの満洲は東武東上線や西武新宿線、池袋線沿いを中心に64店舗を展開する。自社の保養施設である温泉旅館内の1店を除き埼玉と東京西部にあり、坂戸工場から半径40キロメートル圏内に出店している。一定地域内に集中出店して顧客をつかむドミナント戦略をとる。

 この地域での出店が一段落し、工場の生産能力が限界に近づくことから人口が多く需要が見込める関西への進出を決めた。食い倒れの街として知られる大阪でも「素材にこだわる当社の製品は受け入れられる。(外食の激戦区で)接客ノウハウを吸収できる利点もある」(池野谷社長)と考えた。

 同社のギョーザの特徴は皮の水分量を示す加水率が50%と高く、もちもちした食感。大手外食チェーンなどの採用実績もある。農家との直接取引で食材の調達費を減らすなどし価格を低く抑え、味も素朴な味に仕上げることでリピーターを増やしている。定番の焼きギョーザ12個、ご飯、スープ、漬物がセットの定食は500円だ。

 こうした戦略で過去10年間、ほぼ年1割の増収を続ける。13年6月期の売上高は前期比13%増の58億円の見通しだ。

そして本日9月12日、大阪進出一号店、ぎょうざの満洲JR野田駅店がオープンした。


大きな地図で見る 

本社がある埼玉では土地勘があるので、西武線沿線の生活道路に出店し家賃を抑えることが多い。しかし餃子激戦区で認知度を高める狙いもあるのか、関西一号店は中之島近くのJR駅構内。よくある盛り場を選択したようだ。

埼玉・坂戸工場から40km県内にドミナント出店しているが生産能力の限界が近づいている。新たなドミナントを形成するにあたり、災害時などのリスク分散のために関西進出を選んだということらしい。難しい道を選んだものだと思う。地方のリージョナルチェーンが首都圏に出てくると「こんなにお客がいるのか」と市場の肥沃さに驚くものだが、逆パターンはどうだろう。埼玉南部という日本でも珍しい人口増加地域をたまたまホームにしたからこそ、そこそこ伸びた実績があるだけに。

関西と関東では餃子の位置づけがちがうというのも大きい。関西ではサイドメニュー扱いでついでに注文するものだが、関東では焼売や春巻と同じような扱い。満洲のような低価格帯チェーンであっても王将などより高い。皮に特徴があり、そこそこ受け入れられるとは思うが、関東ほど順調に店舗網は構築できないのではないか。本社から離れた飛び地にドミナントを作るのは難易度が高い。

神奈川あたりに新たなドミナントの形成を試みれば成功する可能性は高いだろう。まして「15年にも工場を建てる」と本格進出宣言をして引っ込みつかなくする必要などなかった。数店舗立地パターンを変えてテスト出店し、いけるとなったら大きくブチあげればよかったのに。だがもう始めてしまったのだから仕方ない。満洲の冷凍餃子のヘビーユーザーとして、成功を祈るばかりである。
posted by kaoruww at 23:40| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

ブログ更新手抜きのお知らせ

09年6月6日にツイッターをはじめ、てきめんにブログの更新が減るというよくある状況になってからもう3年。8月も終わりだというのに、これが今年12回目のエントリ。更新してないかちょくちょく見に来ている方には悪いですが、これからもこんな調子なようです。RSSリーダーに登録して忘れておいてください。

ツイッターは文章が蓄積しにくいという特徴があります。記録自体は残りますが検索性が悪いので蓄積できてないのとたいして変わりません。Twilogというサービスを使えばこの問題はけっこう解消されますが、これがいつ使えなくなるかわからないのはSeesaaと同じです。Seesaaはまだログを引っ越せるだけマシですが。結局短い独り言はツイッター、まとまった文章はブログと使いわけるようになりましたが、最近ではツイッターでつぶやくことのハードルの低さからブログを書くことが大変に思え、ますます更新が減るという仕儀になっております。

ある話題についてツイートを連投した時など「これだけ書くならブログに書けばよかったのでは」と思うことがあります。しかし「前置きからはじめて結論みたいなところまで持っていきまとめる」という作業に億劫さを感じるようになっているので、そのまま書かずじまいなわけです。

ツイッターを始めるはるか以前、もう6年前になりますが同じようなことを考え、断章形式を試したことがありました。構成を考えず、論理的一貫性もあまり気にせず、思い浮かんだことをとりとめなく並べていく。考えてみるとこれはツイッターのスタイルによく似ています。06年9月3日に書いたカフェに関する文章がそれです。この頃からネット右翼なんて言葉があったんですね。内容とは無関係ですが。しかし断章形式にすると楽なものだからダラダラ長く書きすぎて、むしろ時間がかかってしまい、これ一度きりでやめてしまいました。

短文を断章形式で書く、つまりツイートをそのまま載せれば再構成する手間もかからないしログも残るしいいんじゃなかろうか。というわけで、ツイートをほぼ再掲する形で、あとで読み返す(かもしれない)メモのようなものをブログにちょくちょくアップすることにしました。もともとこのブログ、誰かになにかを訴えるようなものでなく、自分の備忘のために始めたものなので。人が読んでおもしろいものでもなさそうですけど、そういうもんだということでひとつ。




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2012年07月22日

厨房(機器の導入が市場の競争条件を一気に変えるん)ですよ!

夕飯は最近開店したとんかつ屋にストアコンパリゾンに行った。この店の隣には立ち食いではないがカウンター席中心で、自販機でチケットを買うタイプの簡易型そば屋がある。このそば屋の経営が順調らしく、同じ会社が隣にとんかつ屋を出したというわけ。「そば屋がとんかつ屋を始める」というと唐突な感があるが、この2つの店には共通点がある。最新の厨房機器を導入することでマーケティング上の比較優位を築こうとしているのだ。

まず先に出店したそば屋。こちらはそばを茹でる大鍋の上に壁掛け式製麺機(たとえばこういうもの)を設置し注文を受けてから生麺を茹で、熱々の天ぷらを供する。かき揚げをのせた天ぷらそば450円。他の店と同じ価格帯だ。

立ち食いそばで使用されているそばは、小麦粉が半分以上使われているものがほとんどだ。そば粉のほうが少ないのだから「そば風味のうどん」といった方が正確なのだが、なにしろ「そば粉が30%以上含まれていればそばを名乗っていい」という規定がある。だから立食いそば屋は大手を振ってそば風味のうどんを出している。(これは生麺の場合であり、乾麺に至っては配合割合さえ表示すれば1割以下でもそばを名乗ってかまわない。<参考>食品研究者の夜食日記『そば粉が何%入っていれば「そば」といえるのか?』)

ところがこの店のそばは明らかにそば粉が多い。そば粉の含有率が低いのはコスト削減もあるが、それ以上に比率を上げると茹でた段階でそばがバラバラになってしまうからだ。そば粉を麺の形にする部分こそが職人の秘法秘伝。品書きが相田みつを風書き文字で主人が作務衣を着た小うるさそうな店があるが、あれはそば粉をつなぐ技術をようやく身につけた主人のプライドを形にした自己主張なのである。ちょっと話がそれたが、新しく開発された壁掛け式製麺機はそば粉の含有比率を高めてもバラバラにならないそばを簡単に作ることができる。前述のリンク先に詳しいが、全くの素人でも十割そばができてしまうのだから、そば職人はこれまで以上に「心がこもってる」「魂がこもってる」「歴史の味がする」と神秘主義を強調するほかないだろう。今のところこの技術革新は従来型の茹で置きを温めて出す立ち食いそば屋の競争力を落としているに過ぎないが、長期的には歴史や職人技をアピールする店・酒を飲ませる客単価の高いそば屋以外は、この機器を導入することになるだろう。

そして冒頭のとんかつ屋である。一般的なとんかつ専門店でとんかつ定食を食べると1200〜1500円ほどか。今日食べたのはこのとんかつ定食。

001.JPG

値段は530円。自動フライヤーを導入しほぼアルバイトだけで回し、低価格化によって客数を増やすことによって利幅の薄さをカバーするというマーケティングだ。アークランドサービスが展開するかつやなどこの手法だけで上場企業になったようなものだし、牛丼市場で不毛な争いをしている松屋も松八というブランドでこの市場の開拓に励んでいる。

一つの地場企業が、意識してか知らずか厨房機器の発展を武器に新しい市場を取りにいっているわけだが、この2つの店は方向性が違う。そば屋の方は値段は富士そばや梅もとといった従来の簡易型そば屋と変わらないが、品質で圧倒する形で市場に受け入れられ、繁盛している。とんかつ屋の方は価格を半額以下にする典型的なディスカウンターだ。そしてあまり繁盛していない。なぜだろうか。

夏場に熱くて油っこい揚げ物は嫌われるという季節要因や、単純に商品のクオリティが低い(揚げ油の交換が遅く酸化しているからとんかつに嫌な臭いがついている・衣が硬すぎる)というこの店の事情を差し引いても、単品商売の難しさがあるのだろう。かつやも商品バリエーションが少ないため期間限定商品を多数投入しお客を飽きさせないようにしているが、そのラインナップを見るとなかなか苦しい。麻婆チキン丼など、商品開発に苦労してるんだなと思わせる。それでもこういう期間限定商品を次々に出せるのは企業としての体力があるからで、地場企業では難しい。店を次々に繁盛させるのは至難の技。商売とは厳しいものだ。

とりあえず私はあんな油を使ってる店にはもう二度と行かないわけだが、それはそれとして新しい技術の開発によって市場の風景が一変するダイナミズムは実におもしろい。天ぷら用自動フライヤーなしにてんやの成功はなく、ジェットオーブンなしにサイゼリヤのチェーン化も不可能だった。エンドユーザーを直接相手にする外食産業の日々の変化は、見ていて飽きることがない。
posted by kaoruww at 01:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

日本マクドナルド社長がコーヒーおかわり廃止に伴い「あれは一部のお客の特別な要求に対応していたサービス」との見解を発表

日本マクドナルドは4月20日、コーヒーのおかわりを廃止し、Sサイズ140円だった価格を100円に引き下げた。これに関し、日本マクドナルド社長が会見で意外な発言をした。

各種記事によるとコーヒーのおかわりは05年頃に全店舗で行われるようになった。Wikipediaには09年にマクドナルド広報がメディアの質問に答えているとある。

日本マクドナルド 5.7.3 コーヒーのおかわり自由(Wikipedia)
2009年(平成21年)5月時点において、一部店舗(スーパーやショッピングセンター内のテナントの一部等)を除き、店舗内で飲食する場合はホットコーヒーはおかわりが自由[63][97]。この情報は公式サイトには記載されていないが、同社広報が見解を示しており[63]、一部店舗の店内には掲示している場合もある。このサービスは2012年4月19日をもって終了した。
この注釈[63]のトレンドGyaOの記事というのは「マクドナルドはコーヒーお代わり自由 意外と知らないファストフード店の”暗黙のルール”」(09年5月7日)というもの。関係する部分を引用する。
――コーヒーのおかわりはできますか?
はい、マクドナルドでは全店でコーヒーがおかわり自由となっております。ファミレスのように「おかわりいかがですか?」とお声掛けはしておりませんが、スタッフにお声をお掛けいただければ。

――砂糖やミルクなどは何個まで貰ってよいのでしょうか?
基本的には、ご要望の個数をお出ししています。しかしコーヒー1杯で砂糖20個も30個もとなると…「常識の範囲内で」といったところでしょうか。

――店内に滞在する時間に制限はありますか? たとえばコーヒー1杯の注文で、何時間滞在して良いものなのでしょうか?
特に「何時間以上居てはいけない」といった決まりはありません。空いている時間帯でしたら、何時間滞在していただいても構いませんよ。ただしピーク時や、あと空いている場合でも寝てしまっているお客様には、スタッフからお声を掛けさせていただくこともあります。
このように広報が公式見解として発言していたのだが、今回の価格改定にともなう記者会見で日本マクドナルド社長原田泳幸氏は、「おかわり無料というサービスはなく、特定の店でほんの一部のお客の特別な要求に対応していたサービス」であるという見解を示したのだ。

マクドナルド、コーヒーを値下げへ - "おかわり無料終了"についても言及"(マイナビニュース)
日本マクドナルドは20日、「プレミアムローストコーヒー」(ホット・Sサイズ)をこれまでの140円から100円に価格変更し、発売した。これにより、「¥100マック」のメニューに加わることとなる。また同日、プレミアムローストコーヒーのホットMサイズも、これまでの190円から150円になる。

20日に同社本社で行われた記者発表会では、日本マクドナルド代表取締役会長兼社長兼CEOの原田泳幸氏が、「Twitterなどでコーヒーのおかわり無料が廃止という話もあるようですが、もともとおかわり無料というサービスはありませんでした。特定の店でほんの一部のお客様の特別な要求に対応していたサービスです」とネット上での騒動に言及し、「ですので、おかわり無料廃止と今回の価格改定とは一切関係はありません」とコメントした。
 おかわりできて140円か、なしで100円かは単にマーケティングの問題で、どちらが正解ということはない。滞店時間の長さや顧客満足度によって、日本マクドナルドが自由に方針を決めればよいことだ。にもかかわらず、原田氏はなぜ全店舗で行なってきた施策を、「特定の店で」「ほんの一部のお客の特別な要求に対応していたサービス」などと言うのだろうか。これではルールに従って利用していたお客をあたかもゴネる客・クレーマー扱いし、迷惑をかけられていたと言っているようなものではないか。

今回のことで思い出されるのが、08年12月に新商品のクォーターパウンダー発売時にサクラを1000人雇い行列をでっちあげたことが発覚した時のマクドナルドの対応だ。

「新商品を並んで買って食べるだけ」の短期アルバイトが登場、時給は1000円(Gigazine)
2ちゃんねるのまとめサイトの中に、MBS毎日放送で流れたニュースにおける原田氏のコメントが残っている。
23日に大阪に上陸したマクドナルドの新商品「クォーターパウンダー」。開店前からの長蛇の列の中にお金で雇われたいわゆる「サクラ」が含まれていたことが、JNNの取材で明らかになりました。

 巨大バーガー「クォーターパウンダー」。関西初上陸となった23日、大阪・ミナミの店の前には開店を待つ大勢の人。徹夜組も含めたおよそ2000人が、1キロにも渡る長蛇の列をつくりました。
 「販売開始いたしましたが、さきほど耳にしましたが2千数百人の方が並んでいらっしゃると。
 大成功だったなと思います
」(日本マクドナルド 原田泳幸CEO、午前11時半すぎ)

 しかし、この行列の中には、なんとお金で雇われた客、つまり「サクラ」が最大で1000人含まれていたことがJNNの取材でわかりました。人材派遣会社大手の「フルキャスト」が事前にアルバイトを雇い、並ばせていたのです。
 募集広告には「並んで買って食べるだけの仕事」と魅力的な言葉が躍り、時給1000円に加えて、ご丁寧に商品の購入代金まで用意するとあります。

 「ただ並ぶだけというよりは、商品のモニターの仕事だったんですよ。(Q.これは“サクラ”では ないのか?)モニターのお仕事ですので・・・」(フルキャスト広報)

 マクドナルドはこの翌日、初日の来店者数が1万5000人に上り、売り上げも1002万円と 最高記録を更新したと、ホームページなどで派手派手しく自慢しました。しかし、「サクラ」に買わせた数も含まれたこの数字は、純粋な売り上げと言えるのでしょうか。

 「景品表示法上は、売り上げ高が多いこと、あるいは来客数が多いことが誤解を招くような場合は、不当表示に該当するおそれがあると考えられます」(公正取引委員会 取引課長)

 自作自演との批判も上がっている今回の騒動を、日本マクドナルドはJNNの取材に対して、「モニターの募集は依頼したが、意図的に盛り上げようとしたわけではない」と話しています。(一部略)
 東京でもサクラを使って行列を作っていたことが発覚し、この4日後の読売新聞の記事には日本マクドナルドの見解が掲載されている。

マクドナルドの新商品発売、「サクラ」動員は東京でも(読売)
 日本マクドナルド(本社・東京都新宿区)が大阪市内の店舗で新商品を売り出した際、アルバイト1000人を動員し、「行き過ぎた演出」などと批判が出ていた問題で、東京都内での発売日にも、イベント会社が手配した「サクラ」に行列を作らせていたことが分かった。

 日本マクドナルドのコミュニケーション部によると、渋谷区で11月1日、新商品「クォーターパウンダー」を販売する臨時店舗を開設した際、「盛り上がりを演出するため」、イベント会社が手配したスタッフを開店前に並ばせ、商品を購入させるなどしたという。動員人数は公表できないとしている。

 客寄せのためのサクラとの批判について同部は「サクラの定義がないので何とも言えないが、消費者に誤解を与える手法は見直したい」としている。

謝罪するのかと思えばさにあらず、サクラを1000人雇って行列を作っておいて「サクラの定義がない」「誤解を与える手法」などと開き直るのだから恐れ入る。今回のコーヒーの件もそうだが、マクドナルドの公式見解は「頭を下げたら負け」と言わんばかりの対応をするという特徴がある。「ご了承ください」といった程度のことすら言わない。現場で働く人々に強いる「スマイル0円」との温度差がすごい。コーヒーおかわり廃止などという、単に経営上の選択で特に間違いとはいえないようなことにすら過剰に反応し、すぐにばれる嘘をつくのはいったいなぜなのだろうか?

原田氏はNCR→横川ヒューレット・パッカード→シュルンベルジェ→アップル→マクドナルドと外資系企業をわたり歩き、日本子会社の経営者にまでたどり着いた。なのに自分の施策の間違いを認めることはすなわち「現地管理者失格」の烙印を本社から捺されてしまうという危惧があるのかもしれない。いや、それは無根拠な強迫観念ではなく、実際に評価が下がるのだろう。長年かけて築き上げた"植民地における管理者"の地位を守るためには、米本社の経営ボードに対して「無理を言うワガママなお客をどうにか処理していた」という体裁を取る必要があったのかもしれない。

日本マクドナルドの業績は堅調で、米本社からの原田氏への評価は非常に高いようだ。それはご本人の優れた能力によるものだが、同時にマクドナルドの忠実なお客が原田氏の望むような「数字」を作っているからだということもまた事実である。だからこそ、米本社の経営陣に向かっていい顔をするために日本のお客を貶めるような嘘をつかない言い訳を考えていただきたい。それは極めて優秀なマーケティング専門家の原田氏ならば、造作もないことではないだろうか。

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2012年04月16日

池波正太郎が語る万惣

池波正太郎のエッセイ集「むかしの味」に”ホットケーキとフルーツ”という短文が収録されている。

「母が好きで、私も子供のころから食べさせられた所為か、今でもホットケーキを食べる」と書き起こすこのエッセイで池波は、両親が離婚したため三ヶ月に一度ほどしか会えなくなった父親と、神田にある高級果物店のフルーツパーラーで、一緒にホットケーキを食べた思い出を語る。
映画を観てから父が私に「何が食べたい」と尋いた。そこで「ホットケーキ」というや、父が「そうか。それなら、ちょうどいい」と、電車通りを向う側へわたると、そこに〔万惣〕があった。
「この店はね、果物屋さんだが徒(ただ)の果物屋じゃない。東京でも指折りの店だ」と、父がいう。
「へえ。果物屋にホットケーキがあるの?」
「あるどこのさわぎじゃない。万惣のホットケーキは天下一品だ」
勤め場所から近いこともあって、父も、ときどき食べていたらしい。
たしかに〔万惣〕のホットケーキは、それまで口にした、どこのホットケーキともちがっていた。
小学校を卒業した池波は兜町の株式仲買店で働きはじめ、自由になる金ができるとともに一人で万惣に行くようになる。
店を出て須田町でバスを降り、先ず〔万惣〕へ入り、ホットケーキを食べ、腹ごしらえをしてから〔シネマ・パレス〕へ駆け込むというのが、一週間に一度、かならずきまっていた。
その他の日は、他の映画館へまわる。
夜更けに帰り、たっぷりと食べてから眠る。
当時、十三歳の私の給料は七円だったとおぼえている。
しかし、十六、七歳になり、生意気ざかりとなり、商売柄、母にも内密な金がふところへ入るようになると、ホットケーキを食べてよろこんでいるだけではおさまらなくなってくる。
そこで、しばらくは〔万惣〕へ足が遠退いてしまったのである。
壮年となった池波は、万惣が八階建てのビルになったと聞いて昭和57年2月に久しぶりに足を運ぶ。
実に落ちついた美しいパーラーとなったばかりでなく、店員のサーヴィスは、先ず東京屈指のものといってよい。ポットのままで出す紅茶は香り高く、ブランデーがそえられているし、コーヒーも旨い。むろんのことに、私はホットケーキを食べてみて、これまた、むかしのままの味わいが保たれていることに感心をした。持続の美徳が消滅しつつある現代日本では、奇蹟といってよい。
〔万惣〕は、ホットケーキにせよ、フルーツにせよ、その仕入れのルートと、品物のえらび方において、他の追従をゆるさぬところがある。
ホットケーキなどでも、この製法を盗むために入店してきて、ついに、
「まねができない」
と、いうことになるらしい。
生クリームをかけたり、苺や、餡をつけたりするホットケーキなら、いくらでもまねができよう。
しかし、材料へかたむける店主の情熱だけは、まねしきれないのだろう。
万惣は、さほどに個性をもった店なのである。
私は一度だけだが、万惣に行ったことがある。丁寧に焼かれたホットケーキと芳しいコーヒーは、あまり広くはない中二階のフルーツサロンでお茶の時間を楽しむ常連らしいお客たちとともに印象深い。
なんとなく、このごろは神田へ出ると万惣へ立ち寄る習慣がついてしまった。
万惣のフルーツパーラーで、ホットケーキやフルーツカクテルなどを口にしながら、わずかに、むかしの面影をとどめている須田町の交叉点の風景をながめるとき、私の脳裡に浮かびあがってくるのは、二十二年前に死去した父の顔や姿だ。
父は母と離婚してから、ついに再婚をしなかった。


この1846年(弘化3年)創業の老舗果物店・万惣が全店閉店を発表した。

各店舗休業のお知らせ(万惣商事株式会社・pdf)
各 店 舗 休 業 の お 知 ら せ

  弊 社 で は 、 昨 年 3 月 の 東 日 本 大 震 災 に よ り 、 本 店 ビ ル も 多 大 の 影 響 を 受 け て し ま い まし た 。

  昭 和 5 6 年 以 前 の 旧 耐 震 基 準 で 建 築 さ れ た 当 本 店 ビ ル は 「 中 央 通 り 」・「 靖 国 通 り 」 に面 し て い ま す が 、 昨 年 秋 に 制 定 さ れ た 東 京 都 の 耐 震 化 施 策 「 東 京 に お け る 緊 急 輸 送 道 路沿 道 建 築 物 の 耐 震 化 を 推 進 す る 条 例 」 に よ り 両 道 路 共 、 指 定 幹 線 道 路 と な り ま し た 。

  弊 社 と し て も そ の 対 策 を 迫 ら れ 、 専 門 家 の 耐 震 診 断 に よ る 耐 震 性 の 確 認 を 行 っ た 結 果は 建 物 の 耐 震 強 化 工 事 で は 不 十 分 で あ り 、 早 晩 、 建 物 自 体 の 取 り 壊 し は 避 け ら れ な い とい う 予 想 外 の も の と な り ま し た 。

  こ れ ま で 高 級 果 実 の 販 売 を 主 軸 と し た 堅 実 経 営 に 徹 し て ま い り ま し た が 、 最 近 の 厳 しい 経 済 環 境 の 中 で 、 短 期 間 で ビ ル の 建 替 工 事 を 行 い 経 営 を 継 続 で き る ほ ど の 状 況 に は あり ま せ ん 。

  こ の た め 、や む を え ず 本 年 3 月 2 4 日( 土 曜 日 )を も ち ま し て 果 実 の 販 売・フ ル ー ツ パ ーラ ー の 営 業 を 全 店 で 休 止 す る こ と を 決 定 し た 次 第 で あ り ま す 。

  創 業 以 来 今 日 ま で 、 格 別 の ご 愛 顧 、 お 引 き 立 て を 賜 り な が ら 、 ご 不 便 ・ ご 迷 惑 を お かけ す る 事 態 に 至 り ま し た こ と は 、 ま こ と に 申 し 訳 あ り ま せ ん 。何 と ぞ 、 事 情 ご 賢 察 の 上 、 ご 寛 恕 賜 り ま す よ う 、 心 よ り お 願 い 申 し 上 げ ま す 。

な が い あ い だ 、 ま こ と に あ り が と う ご ざ い ま し た 。 こ こ に 深 く 感 謝 申 し 上 げ ま す 。

震災後の建築規制の変更により本店ビルの建て替えが必要となり、系列の店舗も含め店じまいを決めたとのこと。銀座松坂屋店は3月4日に、そして最後まで開いていた丸の内 新丸ビル店が、昨日4月15日に閉店。これにより万惣は166年の歴史に幕を下ろした。

あって当然に思い、なくなることなど考えもしなかった店が、思いもかけない出来事で消えてゆく。あの震災は私たちの気持ちのありように大きな影響を与えたが、東京の風景にも引き返せない変化を与えている。できるだけ故郷の風景を眼に焼き付けることを心がけようと思う。

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posted by kaoruww at 05:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

夜桜

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ひと気のない大学構内にて

posted by kaoruww at 21:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする