2008年06月05日

「おもしろい女」がモテない理由

モテナイ女性のための雑誌「mojo」が凄い!(Hagex-day.info)

という、2ちゃんねるのネタスレを紹介しているエントリーがあった。喪女(モテない女)のための雑誌ができたら…というもの。彼女たちの生態どころか存在自体をほとんど認識していなかった私にとって、とても興味深いエントリーだった。

彼女たちの自虐ネタの、人を笑わせる高いクオリティに驚いた。自分を客体化できる高い知性と、ソフィスティケイトされた笑いのセンスがネタに現れている。面白い男はモテる。大して面白くもない芸人すらモテるようだ。ならばこんなに面白い女たちなら、まったくモテないということはないのではなかろうか?現に私は彼女たちを好ましく思い、はてブのコメントにこう書いた。
kaoruw [2ch] これだけ見ると愛嬌があってかわいいような気がしてくるのだが、実際には会わない方がいいですか?
このコメントにはてなスターがついたのだが、それがひどい。コメントに「実際には会わない方がいい」「会わない方がいい」「会わない方がいい」と100%全否定である。そ、そんなにヤバいんですか……うーん、どうもよくわからない。

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「おもしろい女はモテない」ということについて、一つの文章を思い出した。小倉千加子の「結婚の条件」という本の中に、「うっかり・しっかり・ちゃっかりの法則」というエッセイがある。小倉のエッセイの中でも特に好きなものなのでよく覚えている。少し長いが引用する。
 女性は会話の際、相手が面白いことを言っている(つもり)なら、つまらないギャグでもウケてやるふりをするというのは重要なお勤めである。女も男のように、会話でヨイショしなければならないのだが、ヨイショする内容が男とは違う。男は女がいかに他の女よりすぐれているかという「優越への追従」をしなければならないのに対し、女のヨイショは、男が他の男よりいかに変わっていて個性的かという「逸脱への追従」である。男の優越というのは自己卑下の屈折したものだからである。優越感だけで出来上がっている男ほど退屈なものはないからである。
 私の友人に、ギャグ・センスがメチャメチャ冴えていて、大学時代から男友だちはいっぱいいても、友だち以上には進まない、つまり一次関門が突破できない女性がいる。三十代半ばになると、男たちは次々に結婚していく。彼女は、自分は友だちではあっても恋人になれないその理由を知りたくて、今まで何度も男たちに聞いてきたそうである。
 「私には一体何が欠けているの?絶対に傷つかないから、ホントのこと、教えて」
 彼らはゴニョゴニョ言うだけで、さっぱり埒があかない。そこで、ついに彼女は質問の仕方を変えてみたのだ。
 「私には一体何が余計なの?」
 堰を切ったように男友だちは話し出した。
 「おまえはギャグを、言いすぎる。女は、ギャグを言わなくていい。男のギャグを聞いて、ウケてくれたらそれでいい。俺の嫁はそういう女だ」
 女はギャグの「受信機」でなければならないが、「発信機」になってはいけない。彼女はそういう偉大な真理を、三十代半ばにしてようやく悟ったのだ。これは、男の九割に当てはまる事実であるから、真理と言っていいだろう。
そうなのか?私はこれを読んだ時、意外に思った。「女だっておもしろいほうがいい」というのは、考えるまでもないことだと思い込んでいたからだ。もっとも、自分が残りの一割に属しているらしいことを知り、「競争率が低くてラッキー」と喜んでしまったのは、あまりに弱気というものだろうか。
 女はギャグの「発信機」になってはいけないという男たちの暗黙の期待を一番実感しているのは、美人の女であろう。男たちから聖性を人一倍期待される美人は、少しでも滑稽系に羽目をはずすと、男にこう言われる(と思う)。
 「キミってイメージと違う人なんだね」
 これは否定的なメッセージである。がっかりしたという意味である。したがって、いつでもどこでも二のセンで振る舞わなければならないという宿命を担わされた美人は、男のイメージという鏡像に実像を合わせて、穏やかで善良なまま成長していくしかない。
 私は、大阪で電車に乗っていて、前に立っている若い男性二人がこういう会話をしているのを聞いたことがある。彼らは合コンの帰りだったらしい。
 「○○ちゃんて、カワイいよなあ」
 「せやけど、あいつオモロかったやん」
 「そやねん……」(重い沈黙)
 これも、○○ちゃんに対する否定的メッセージである。大阪ですら、オモロい女は×なのである。私は、会話に加わりたくてウズウズした。「オモロかったら、なんであかんのん?オモロい方がええやんか」と。
笑いが正義の笑いの王国、投票する時ですらおもしろそうな方に入れてしまうお笑い原理主義国・大阪ですらこうなのだという。なんということでしょう。

「受信機であるだけでは飽き足りない」という自我を持っているのは人間として当然のことではないかと私は思うが、その当然のことを押し殺すだけの対人スキルが女性の恋愛には必要らしい。喪女たちは、ルックスその他についての自己評価の低さという理由もあろうけれど、こんなにも不自然な振る舞いを強いる「恋愛」というものから自ら降りた部分もあるのではないか。

それは前述の記事に取りあげられたネタの中にも感じとることができる。
「先輩喪女達のアドバイス&体験談
 私はこうして存在感を消しました」

という雑誌の見出し。男の中にも、昼休みに人目につきたくないからトイレの個室で食事をするという「便所飯」なる行動をとる人がいるという。女の場合の「存在感を消したい動機」がどういうものかは想像するしかないのだが、おそらくは異性よりもむしろ同性からの存在感を消したいのではないだろうか。同質化の強迫観念にかられた周囲の女たちから浮かないために、女性誌を塗りつぶす結婚・芸能・ファッション・コスメネタに興味のあるふりなどしたくない。調子を合わせたくない。かといって粉砕するなんて多勢に無勢でありえないのだから、だったらそっとしといてほしい、ということかもしれない。

恋愛にしても、いわゆる「一般的な恋愛」というものに付き合いきれない、むしろそんなものには付き合いたくないという(ある意味まともな)感覚が、喪女たちを恋愛の場から自ら遠ざけさせているのではないか。こんな気持ちを縷々説明する面倒くささを思えば、自虐・卑下という擬態を身に付ける方がずっと気が楽だろう。もう少し引用する。
 男性に庇護されるタイプになりたいと思えば、「しっかり」してはいけないのだ。 
 男性のギャグの「受信機」になり、けっして「発信機」にならず、天然ボケ系の頼りなさを備え、男性に「僕がいないとこいつは生きていけない」と思わせる女。それは「うっかり」してなおかつ「ちゃっかり」した女になることである(本人たちは絶対に否定すると思うが)。
 「うっかり」して「ちゃっかり」した女とは、仮面ライダーで言えば、こういう女である。
 あの谷に行くとショッカーがいるから絶対行ってはいけないとさんざん言われているにもかかわらず、「あ、あそこにきれいなお花が」とか言いながらショッカーのいる谷にのこのこ行ってしまう。そういう「うっかり」した女がいないと、仮面ライダーは変身して敵と戦えないのだから、仮面ライダーと「うっかり女」は「共依存」していると言えるだろう。
 一方、言われるまでもなくショッカーの谷には行かず、行かないにもかかわらずなぜかショッカーがやってきて、それをまた仮面ライダーに頼る方法を知らないので、自分の力でやっつけてしまう女を「しっかり」した女という。
 「うっかり」して「ちゃっかり」した女は、いつも仮面ライダーに守ってもらえる。しかし、「しっかり」した女は、仮面ライダーに守ってもらえないし、実際仮面ライダーを必要としないのである。恋愛がそういう「うっかり女と仮面ライダー」の関係なら、恋愛はしたくないと思っている女は実際たくさんいると思う。

やっぱり、女だっておもしろいほうがいいんじゃないだろうか。

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posted by kaoruww at 00:24| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とってもわかりやすかったです。
私は東京から引越しして大阪に住んだ事があったんですが、やはり職場では谷に花を取りに行くようなうっかり女が人気独占状態だったと思います。
もちろん、東京ではそれが当たり前でした。
最近流行りの強がる女・ちょっと年とった女がヒロインのドラマに出てくるような男(ヒロインに対して『実は可愛いところあるよな・・・。』と気づいてくれてる)は現実には現れないんでしょうかね(泣)
Posted by まちこ at 2008年06月14日 00:19
えー、ズバリ申し上げますが、そういう男は、いません。愛想がなくて気が引けますが、いません。少なくともそう思っておいた方が精神衛生上いいと思います。万々が一そういう男と出会った時の喜びも大きくなるでしょう。いや、いない以上そういう出会いも無いわけですが。(←しつこい)

この本はこれ以外のエッセイもとても面白いので、お勧めします。少し大きめの本屋の文庫のコーナーには、たいてい置いてあると思います。
Posted by かおる at 2008年06月14日 02:42
なるほど〜!
そう思っていたほうが、そんな状況に置かれた時に割り切って行動出来るかもしれませんね!
願望や、期待よりも割り切ることが大事な事もあるのかも。。。
早速、本屋さんに行ってみます♪
Posted by まちこ at 2008年06月14日 13:46
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