2007年05月18日

「安心」が消えるということ

安心について(児童小銃)

最近心ある人の間では「治安は悪化していない」「確率的にはたいしたことはない」「それより交通事故に気を付けろ」みたいなことが言われていて、ミギー萌えの僕としても個人的にはそういう考え方を支持するのだけど、そういう物言いがどこまで通用するかというと何とも心許ない。みんな今まで統計や確率計算で「安心」していたわけではないのだから。
まったくだ。
他者の役割をかなりの部分信じていなければ、引きこもりにでもなるしかなくなってしまうし。じゃあどうすんの、と言ってもどうにもならないし。

合理的な思考のプロセス」を根本から破壊する存在が一つでも出てきたら、既存の「安心のシステム」は失われる。それは相互確証破壊(Wikipedia)という「自分が撃ったら必ず報復される」という全ての核戦略の大前提も、「自分が滅びようが日本に撃ってやりたい」という頭に血が上りやすい狂人国家があったらまるで通用しないのに似ている。
posted by かおる at 15:57| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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