書いていても面白くもないことをわかった上で、また都知事選について書くのだが。
前回選挙があった4年前と比べて、日本の置かれた状況で何が一番変わったかというと、明白な敵性国家が核実験を行なったということだろう。実験自体は、成功したのかどうか定かでないという意見もあるような代物だったが、それは問題ではない。「核」というのは極めて政治的な兵器だし、実際アメリカとの交渉に於いても既に核保有国であることを前提に話が進んでいる。イランへの核拡散を阻止することに集中したいアメリカは、進んで北朝鮮に譲歩している。
「餓死者を出すような経済的に困窮した国」と侮っているうちに核開発を進められ、他に事実上選択肢は無かったとはいえ自衛隊員の命を的にしてまでアメリカに協力した結果がこれだ。戦後最大のパワーバランスの変化がこの4年の間に起きたのだ。
そうなると勢い国政への興味は高まるが、地方選挙についてはそれがどうしたということになりがちだ。外交は政府の専管事項だから、地方自治体ができることはほとんどない。地方の長が誰になろうが議会構成がどうなろうが、まあ無駄遣いせずちゃんとやってくれや、という程度か。
まして地方選挙では必ず争点になる財政問題が、東京では争点にならない。日本で唯一地方交付税を受けない都道府県、つまり財源がたっぷりあるから国からカネがもらえないのが東京都だ。だから通常の「財源が無いのをどう遣り繰りするか」といった議論が起きず、「オリンピックをやるかどうか」なんてカネの使い道が争点になったりする。こんな選挙にどうやって興味を持てというのか。
選挙というのは、自分の考えにぴったりの「ベストな候補者」に投票するものではなく(そんな人はまず居ないわけだから)、比較的マシな「ベターな候補者」に投票するものだ、ということは知っている。だが、まさか石原の名前など書く気にはなれず、かといっていかにも怪しい団体の支持を受けている浅野に投票することもできない。いくら地方自治体では外交ができないといっても、そんな連中が権力に近づくのは論外だ。どちらかで決まることは間違いないのに、どちらもベターとすら言えない。棄権はしたくないのに投票する相手がどうしてもいないのだ。わざわざ投票所まで出かけて白票を投じるという自己満足で納得しろというのか。それもアホらしい話である。
そんなことを思う有権者の受け皿が外山恒一なのだろうか?選挙期間中は高円寺駅前で午後8時から毎日集会をやっているそうだ。よりによって高円寺。全く中央線にはなぜこういう人が集まってくるのか。いや、確かに政見放送はちょっと笑ったけど、さすがに彼に投票するほど私はふざけてはいない。まあいかにも中央線的な話ではある。10万票ぐらいは取るのかもしれない。
2007年03月27日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/36957783
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/36957783
この記事へのトラックバック



