朝日新聞という亡霊(池田信夫 blog)
歴史的経緯を書いてしまえばただこれだけで済んでしまう話なのだが、ここまで世界に「定説」として流布したものを正すことに今後どれだけのエネルギーが必要なのか考えると気が遠くなりそうだ。それにつけても河野談話と朝日新聞がしたことは日本にどれだけの負の遺産を残したか。空恐ろしい。
私にしたところで事実に即した対応を政府はすべきだ、と思っているわけで、何が何でも「そんなことはなかった」という結論ありきのネット右翼というわけではない。だが実際のところは、既に朝日新聞のデスクレベルですらキャンペーンなど張れない状態というところからもわかるように、元々が無理筋の話だ。「政府が雇った公娼がいた」というのは証拠がある。戦時においてそういう募集をかけること自体にフェミニズム的な視点から異論はあるだろうが、歴史的に見れば(GHQ支配下の日本で米軍がしたように)一般的な出来事である。それはここでの問題とは別だ。ここでの問題というのは「大日本帝国政府に強制されて無理矢理連れて行かれたという事実はあるか」ということだからだ。それを示す証拠を「被害者」の支援者すら示すことができない。「朝日が騒ぎ始めた1991年が「慰安婦元年」になった」という指摘は銘記しておくべきだろう。
ただ、ここで安倍首相が大々的に相手の土俵に乗ってしまうべきでないという意見もまた正しいと思う。現時点での政治問題化を避けるのも、政治家の重要な仕事だ。
いったい何年たったら、従軍慰安婦問題や南京大虐殺などの過去の亡霊から日本は開放されるのだろう。(Life is beautiful)
リンク先のエントリーで「60年以上も前の政治家や軍人が犯した「あやまち」のために」といった表現が出てくるのでコメント欄が荒れてしまっているが、この「あやまち」というのが具体的に何を指しているのかわからないのでなんとも言えない(なにしろあの頃のことを今振り返ったらあやまちだらけなのは当然だ)。ただ、政治問題化させたくてたまらない人々の作戦にまんまと乗ってしまうトップがいるようでは先行き暗いというのは全く同意する。
では私たちは具体的にどうすればいいのか。
政治家は政治問題化させず、
民間レベルでは「客観的な事実」のみを世界に示し、
個々の日本人は「あの人たちの主張より日本人の方が信用できる」と思われるような振るまいを続けていく、
ということではないかと思う。
それにしても、敗戦国民というのは悲しいものだね……
2007年03月14日
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