2005年02月20日

本物の追悼文

西武鉄道前社長自殺 関係者「言葉浮かばぬ」

私のこの件での第一印象は「この年代の人は追い込まれると割と簡単に死ぬよな」だった。

だがよく考えてみれば確かにこの人はこういう人だ。
黒岩彰球団代表同様、本来なら有り得ないポジションにいきなり就かされてしまった人なのだ。
学生時代から真面目一筋でやってきただろう官僚がいきなり戦前から続く日本の闇の部分の形式的責任者にされてしまったわけだ。

突然濁流に巻き込まれ溺れかけているのに、世間的にはこの事件の矢面に立つ責任者。生まれてこの方「そんなこと知らない」と言ったことの無い人なんだろう。

知り合いにもそういう人がいる。
「知らない」の一言がどうしても、どうしても言えないのだ。
そんなセリフを吐くぐらいなら自分で調べるし、これまで本気でがんばれば分からなかった事など一度も無い、という人だ。

駅でどっちに行くのか分からなくても駅員に聞くことが耐えられずに長いことウロウロしているのだ。いやほんとに。

まあこれは悲劇なんだと思う。別に私には関係の無い話だが、悲劇なんだと思う。


私は山本氏のこういう視点に敬意を表する。
葬式のスピーチなんか決り文句ばかりだ。何十年も生きた人間の人生をそんなテンプレ通りの言葉で総括できるのか。
これが本物の追悼文というものだ、と思う。

山本氏の死生観は自身の事と相まって複雑なものがあるのかもしれない。
だが、その分率直になるのかもしれない。


他者の死に本気で感情移入することができないほど私は健康なのだな、と思う。

ありがたいことだ。
posted by かおる at 02:42| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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