2009年02月17日

泥酔と3大臣兼務はどちらが恥ずかしいか

まずはどうでもいい話から。中川財務相の辞任騒動でふと思ったこと。今ではすっかり酒が原因ということが周知されているが、あの会見のVTRが流れた直後は「脳梗塞なんじゃないか」なんて心配をする人がけっこういたのだ。小渕総理が倒れる直前の、言葉が出てこない場面を連想した人がいるらしい。それが不思議だったのである。たとえばこんなのだが。

はてなブックマーク > YouTube - 中川昭一財務相の会見

中川が「中川(酒)」などと表記されるようなキャラクターであることを知らないのは知識のあるなしの問題だからいいとして、あの姿を見て泥酔状態であることがわからないというのはどういうことなのだろうか。脳梗塞なら言葉が出てこないにしても目が座っていたりはしないし、まして「どこだ!」などと大声を出したりもできない。脳機能が落ちているわけだから。あと弁明する政治家の自己申告を鵜呑みにする人もいるようだが、もしクスリのせいであんなふうに酩酊できるのなら、酒が飲めないがためにやむを得ず睡眠薬遊びなどしている連中は薬屋に殺到するだろう。そんな都合のいいクスリは無い。

なぜあんな絵に描いたような泥酔状態を見て「健康が心配」だの「検査を受けなきゃわからない」だの言うのか考えてみた。こういう物言いがはてなー的良心の発露なのかもねということは置いておくと、思いついたのは「若者の酒離れ」というトピックだ。こんなトンチンカンな心配をしていた人は、もしかすると泥酔した人間をこれまで一度も見たことがなかったのではないか。飲む機会がなく、まして深酒するような人間はまわりにいないとなれば、あの酔眼を見て体調不良だと勘違いしてしまうということはありえる話だ。

別に酒など飲まなくていい、というか、依存性薬物など種類を問わずやらない方がいいに決まっている。しかしハタチを過ぎた大人が、人が酔っ払っているかどうか区別がつかないというのは危険である。たとえ自分は飲まなくとも、泥酔者との無用なトラブルを避けるために、人が酔っていく過程や酔っぱらいの行動パターン、酒乱の特徴などは知っておくべきだろう。ウーロン茶でも舐めながら酒席で観察することを勧める。


でまあ、重要なのはこっちなのだが。

与謝野氏頼みの非常事態 苦肉の策の3大臣兼務(朝日)

この記事にもあるが、利益相反が起こる危惧を持つのは当然だ。結局、旧大蔵省と旧経済企画庁のトップを、財務省べったりの政治家が兼務することになった。会見では財政の拡大をうたっているようだが、今までの経緯からいって額面どおりに受け止める者はいるまい。

アメリカはこの非常時に大恐慌の研究者をFRB議長に据え、それ以外のポストも完全に恐慌シフトを敷いている。それに対して日本は与謝野が3大臣兼務だ。想像してもらいたい。与謝野と白川が雁首並べたところを。首吊りの足を引っ張るような、考えられるかぎり最悪の布陣ではないだろうか。ここまで日本の政治リスクが顕在化したことは記憶にない。中川の醜態を笑っている場合ではまったくないのだ。
posted by kaoruww at 23:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。