2008年12月30日

agehaと勝間のあいだには

はてぶで小悪魔agehaのことが話題になっていた。この件は気になっていたので少し。


最初に「若い女の子が就職先としてキャバクラに憧れている」と言い出したのは三浦展だと思うが、それを聞いた時は「またそんなヨタ話を」と話半分に聞いていた。が、この雑誌がものすごく売れていると聞いて「え、あれってマジだったの」と思ったわけである。

この現象はどこからつついても面白くなることは確実であり、こねくり回そうと思えばいくらでもできるだろう。社会学やら地域論、ジェンダー論に精神医学と、なんでもそれなりの論考になるはずだ。しかし私の場合、ついカネの面から見てしまう。いちばん単純な見方だが。

彼女たちはまず学校の成績や家庭環境から、自分が一個の経済主体として生計を維持できるような仕事に就ける見込みがない、というあきらめを持つ。そして今の自分が持つ資源はなにかを考え「若さ」だけだという結論を出す。ではこれを最も効率よく現金化する方法はなにか。結婚はまだしたくないし、だったらキャバ嬢かな、と。なにかずいぶん思考の途中経過をしょった感もあるが、経済的な観点からこの職業選択にたどり着く理路だけを見ればこういうことになるだろう。だが実のところ、この選択はあまり良いアイデアではない。

キャバ嬢の供給過剰と、お客の可処分所得の減少があいまって、キャバクラ業界の客単価には強い下方圧力がかかっている。こんな市場では、月100万の収入があればかなり稼いでいる方だろう。しかしいったいこれが何年続くものだろうか。5年か。まあ10年続くと考えてもいい。そこから生活費と税金を払い、収入に見合った見た目を維持していたら、たとえ所得の発生しないプレゼントをたくさんもらうにしても、そうそう残るものではない。もちろん接客業の成功要素は「若さ」だけではない。ホステス一筋何十年という人だっているし、現にそうやって成功した人もいる。だが今この雑誌を読んでいる女の子は、そういう存在を目指してキャバ嬢になりたいわけではないだろう。あくまで「若さ」と「現金」を交換する最も効率のいい手段としてキャバクラ勤めを考えているわけだ。しかしそれは最も頭が働く、学習効率のいい若い時期を、あたら夜の街で浪費するということでもある。この貴重な時期に身につけた技術が男あしらいだけだとしたら、それは「生涯賃金の最大化」という観点からは、ほとんど最悪の選択だろう。そんなものはいい年になったら、なんの役にも立たないのだから。

前述の通り、彼女たちの多くは「勉強キライだし、親もカネないし」というあきらめから無産労働者としての自覚を持ち、その数少ない保有資源である「若さ」の現金化に邁進するわけだが、学校でする勉強から身に付く知識なんてものは、社会が必要とする多様な職業能力からすれば、ほんの一部に過ぎない。成績が悪いことや家庭の経済事情により上の学校に進学できないことで、一生低収入だと決め付ける必要などまるでないのに。


さて、いま売れまくっている雑誌が小悪魔agehaならば、書籍が売れまくっているのは勝間和代氏である。男性以上に、女性のビジネスパーソンからたいへん人気があるという。書いていること自体は自己啓発書としてはオーソドックスなことで、あえて特徴をあげるとしたらテクノロジー(パソコン・MP3プレーヤー等)の積極的な活用をすすめること、いわゆるライフハック的なノウハウを紹介するといったことだろうか。しかし私の見るところ最大の特徴は(「年収10倍」でブレイクしたことが象徴的だが)収入についての身も蓋もない記述だと思う。

「付きあう男が常に高収入な男とは限らない。女が一人で不自由なく暮らしていくためには年収600万円必要」と、2回離婚して3回目の結婚にも前向きですという人が主張すると、女性読者はグッと引きつけられる。ツカミはOKである。さらに「ひとつしかウリがないと年収300万です。でも英語と会計というように、ふたつウリがあると600万に到達します」とたたみかけられると、講演を聴きに来た女性客は思わずメモを取りだしてしまう。見事だ。

じっさい勝間氏の言うとおり、一度しかない人生をたまたま出会った男に丸投げしてしまうのはリスキー極まりないし、自分の能力を高めるのが最も投資効率がいいというのも事実だ。蝶の命は短い。キャバ嬢になったからといって一生暮らしていけるだけの金を稼げるわけではない。キャバ嬢として働く若い時期の数年間、先につながるスキルを身に付けることを心がけたら、キャバ嬢として稼げる総収入に比べ、生涯賃金は数倍になって当然、10倍以上になってもなんの不思議もない。

アメリカは女性の社会進出が盛んと言われるけれど、実は1929年の大恐慌までは専業主婦比率が高かった。その後共働きをしなければ一家の家計を維持できなくなり、家事の電化がそれを後押しした、というのが定説となっている。日本の若い女性たちのキャバ嬢志向は、この大不況が終わった後に自分がどんな世界で生きなければならないかをはっきり予感しているからに違いないし、にもかかわらずまともな収入を得られる気がしないという諦念からの消去法による選択ではないだろうか。小悪魔ageha誌面に漂う沈鬱さは尋常ではない。


ここまで読んで、私が「若いムスメさん、勝間氏の教え通りに生きなさい」と言ってるように思えてしまうのは無理からぬことだが、実のところそう思っているわけでもない。「キャバ嬢になるか?勝間になるか?」というのはけっこう究極の選択に近い。もし私が女なら、そんな問いを突きつけられたくない。


いろいろ書いたが、キャバ嬢になりたい若い女性の気持ちなどわかるはずもなく、むしろおっさんが彼女たちの気持ちが手にとるようにわかるなら、そのほうが異常である。仮に私が女性のロールモデル不在のこの国に女として生まれてしまったら、どうしただろうか?「agehaと勝間のあい〜だ〜には〜、深くて暗い〜かわ〜がある〜」と黒の舟歌のメロディで歌ってごまかすか、おなべバーのカウンターで「なんであたし女に生まれたんだろ」と泣くぐらいのことしかできないかもしれない。

特に男に生まれてよかったという記憶もないが、女に生まれてたらたいへんだったろうな、という気はなんとなくしている。キャバ嬢志望の彼女たちの人生に幸多かれと、無責任に祈って終わる。

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最後に関係ないが、自分の名前をブログ検索して仕事に生かすのが日課という勝間氏にひとこと言いたい。本をたくさん書くのはたいへん結構だ。大いにご活躍いただきたい。しかし、大判の本にドカーンと顔出しするばかりか、あまつさえ乳の谷間を見せるなどという暴挙は、金輪際やめていただきたい。書店のビジネス書の棚がそこだけ異空間と化し、魔境となっている。本気で勘弁してください。

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posted by kaoruww at 13:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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