2008年04月12日

英雄

阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた1995年、真っ暗な年の唯一の明るい話題が、野茂英雄のメジャーリーグでの快進撃だった。だが、その前年のシーズンオフ、近鉄球団と決別した野茂をマスコミは居丈高に叩いた。プロ野球OBもだ。球団の意に沿わないことを書いたら出入り禁止になり取材に支障が出る、監督やコーチの仕事をくれる近鉄を含めた経営側ににらまれたら仕事がこなくなる、一選手を叩いても反撃などされない……こんな理由で、連中は目をそむけたくなるような悪罵を投げつけ続けた。その中には決して許されない人格攻撃も含まれていた。悪意あるデマまで流された。私はあの時だれがなにを言ったかを忘れていない。そこには今でも日本中の尊敬を集めるプロ野球黄金期のヒーローも含まれる。近鉄球団の選手へのひどい扱いに見て見ぬふりをし、理不尽な批判をたしなめるどころか尻馬に乗って一緒に叩き、ただ長いものに巻かれたあの連中のことは、とても忘れられるものではない。

95年13勝、96年16勝を挙げ、シーズンオフの日米野球で野茂は2年ぶりに日本で投げることになった。日本人選手の実力を証明したヒーローとして、手の平を返して迎える日本球界。そんな中、当時野茂と契約していたナイキは新聞にこんな一面広告を出した。アメリカに向かう野茂に投げつけられた卑劣極まる誹謗中傷の言葉をたくさんコラージュし、そこに大きな文字で「あれから2年、すべての人が言うはずだ。お帰りなさい、野茂英雄」と。野茂は、勝ったのだ。

2008.04.12 復帰登板(公式HP)

ちょうど1000日ぶりの登板だという。現在世界最高のスラッガーであるアレックス・ロドリゲスと真剣勝負できる場所にまで戻ってきた。いったい野茂は何度の危機を乗り越えてきたのだろう?ずっと見ている私も、あまりに多すぎて忘れてしまったよ。

日の当たっている時に、大きな声で応援なんかしなくていい。でもひとことだけ。
お帰りなさい、野茂英雄。
posted by kaoruww at 19:12| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする