2006年05月30日

珍メニューシリーズ炸裂

ミラノ風草履カツレツでしたか。もう一回リンクするがコレね。

裏返したら鼻緒が出てきた。うむ。欲を言えばもうひとひねり欲しかったか。

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20分ほどしてから追記なのだが、そういえば夫が「こんなもん食えるか!」とカツレツを投げつけた時、上原さくらは「戦時下でしょ、贅沢言うもんじゃないわよ!「欲しがりません勝つまでは」よ!!」と反撃していた。そうか。ダジャレだったのか。んんー。やはりちょっと弱いかな。
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2006年05月29日

記念カキコ

このごろ書く前にすっかり呑んだくれて出来上がってしまい、書く気も書くこともあったのに眠気に耐えられず寝てしまうことがしばしばある。
今日はまだ呑んでない。これから呑むのだ。だから今の内に。

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酒の種類によって、すごく呑んだような気になることもあればそうでもない時もある。アルコールの量自体は同じようなものなのに。あれは不思議だ。

たとえば私はここのところバーボンソーダ一本やりなのだが、その毎日のアルコール摂取量を計算してみよう。
700(ml・一本)×0.4(5分の2)×0.4(度数40%)=112(ml)である。
 
これをビールに直すと
112÷0.05(%)=2240(ml)であり、大瓶換算では
2240÷633=3.53(本)である。なんだ大瓶3本半?そんなもんかーという感じだ。

しかしこれが日本酒になるとまるで印象が変わる。
112÷0.16(%・日本酒平均)=700(ml)となり、700÷180(合)=3.88(合)である。約4合。私は滅多に日本酒を呑まないので、たぶん4合呑んだらその非日常的な量に泥酔してしまうと思う。


いま気付いたが、ウィスキー1本と日本酒1升のアルコール量はほぼ同じなのだな。へーー。

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でもって、さっきすごく久しぶりにAmazonのアフィリエイトのリポートを見てみた。売れるわけないと思っていたから全く見ていなかったのだ。いや大変な衝撃を受けましたYO!ううう売れていました。たった3冊しか紹介してない書評カテゴリから。びっくりしたわホントに。

なんでこんなに驚いているかというと、これまで実験とネタのためにアドセンスとリンクシェアをちょこっとやったけれども、当然成果なんか無い。アドセンスは6回しかクリックされてないし(うち2回は自分)、リンクシェアはもちろんゼロ。なぜ君達はマヌケなエクササイズ乗馬機がキライなんだ。全く納得いかない。僕も使ってるけどとってもイイ感じだよ!


もちろんウソだ。すまない。


当blog初めてのことだからちょっと詳しく書いてみよう。もちろん誰が買ったかは私にもわからない。あくまでAmazonのリポートでわかることだけである。

中島らもの「今夜、すべてのバーで」と同じく中島らもの「心が雨漏りする日には」、そしてサリンジャーの本も1冊。えええ。どこのどなたなのかしら。明らかに「今夜、すべてのバーで」から同じ作家の別の本に行って、さらに別の作家の本に行った同一人物だと思われる。だってこれしか反応ないし。


なぜこれがこんなにうれしいのだろうか?
売上げは3冊で1580円だ。紹介料は直接紹介した「今夜、すべてのバーで」が3%で他の2冊は1.05%。計27円。つまり、金額の問題ではない。

この書評は中島らもが亡くなったというニュースを聞いて、本棚の単行本を引っ張り出してエンディングを引用しながら書いたものである。
実のところ、これは書評ではない。私なりのらもさんへの追悼文だった。

それに感応した人がいたらしい、というのは実際のところblogを書いていてもそんなにわかるわけではない。こういう形ででもハッキリわかるというのは理屈抜きにうれしいことだ。でも、これがどんな風に読まれるかまではわからない。「つまんなかったよ」ということになるかもしれないけれど、それはそれで「ツボが違ったんですねあっはっはー」と言うほかない。

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この初めてのリアクションの報酬(27円)が手元に届くのは、あと何年も先のことのはずだ。でもその時きっと「この時読んだ人はどう感じたんだろうなー」と考えるのだろう。


結局アフィリエイトの面白さはこういうことなのかもしれないな。確かに興味深いことだ。
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2006年05月27日

日記など

なんかどうでもいいことばかり書いていて、このblogの本来の趣旨である日記をまるで書いていないことに気付いた。ちょこっと書いてみる。でも本当にショボすぎて、書くべきことなんて無いんだが。

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朝目が覚めるも、完全に寝過ごした。パニックを起こしつつウチを飛び出す。二日酔いで気持ちが悪い。ここの所すっかりバーボンを5分の2本呑むようになってしまった。以前は一本で5日ないし4日は持たせていたのである。それが2日でほとんど無くなってしまうのだ。おとろしい。この間本屋で立ち読みしていたらいきなり心臓がバクバクし始めた。階段を駆け上がった直後とかそういうことではなく、これ以上安静なのは寝ている時ぐらい、という状況でそうなったのだ。鼓動の打ち方が不規則で痙攣を起こしているような感じ。「このまま止まるのかしら」とかなりビビった。本当にもうだめかもしれん。

どうにか間に合い仕事をしているうちに、午後の予定が2つキャンセルになった。うわちょうラッキー。午後2時に仕事終了。素晴らしい。で、朝起きてからここまで何か食べるどころか水の一滴も飲んでいないので即昼食に。

松屋が牛丼をリニューアルしたらしい。中国産からオーストラリア産牛肉に切り替えたという。
オーストラリア産牛肉を使用した「牛めし」を首都圏で販売開始!(PDF)
「いくら調達しにくいからって中国産はねえだろ」と呆れていたのだ。ようやくすき家に追随したわけである。「これは食べなければ」という義務感にかられ(なんでだ)松屋へゴー。並盛り350円。そして丼が目の前に置かれた時思い出した。私は松屋の牛丼がキライなんであった。えー。長いこと食べてないから忘れていた。なんでか知らんがいつも玉ねぎが生煮えなのである。やはり目の前の牛丼の玉ねぎはいかにもナマ。白くて透明感が無く、みずみずしいまでのシャッキリ感がある。吉野家ではちゃんと煮てあるのに、なんで松屋は常に生煮えなのか。

いや、食材も変わってレシピも変えたんだろうしな。案外コレで煮えているのかもしれないぞ。先入観を持ってはいけないな。意を決して食べてみましょう。ぱく。なにこの刺激臭。これはサラダですか。ふざけるな。丼の脇によけておいても結構入っているから食べにくい。結局紙ナプキンに玉ねぎを全部出し、丸めておく。なんかすごい大量に入っていたので子供のこぶしみたいな大きさになってしまった。店がすいていたからいいが、近くに人がいたら「こいつ玉ねぎも食えねえのか。子供か」と思われそうだ。食べ終わった後も最初に食べた生玉ねぎの臭いが後口に残っていた。なぜみんなこれで平気なんだ。気が知れない。

玉ねぎの件を除いた味の感想はというと、やっぱりどうでもいい。もう食べる機会はなかろう。やはり私にとって松屋はデミたまハンバーグ定食とチキンカレーと時々食べる朝食メニューの店である。それで十分だ。

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あーそうだ。最近2回書いた藪本氏のblogだが、一連の記事が削除されたことに伴い23日のエントリーの一部を伏せ字に変更した。あと25日のに「自分の書いた事を「都合が悪いから」と安易に削除しないことについてはそれなりに誠実と言えるのかもしれない」と書いたが、そんなわけないことを百も承知で書く私も結構黒いわねえ、と思った。

あとプチ解析報告なんだが、藪本氏のblogをたどってkunaicho.go.jpから人が来ていた。真っ昼間に。明らかに勤務中である。「暇なら玉砂利の掃除でもしていろ」と思ったんだが、いや、もしかして。日本で唯一、思想信条を自由に発言することを法的にも社会的にも認められていない人が、思ったままを自由に発言して世間から指弾されたblogの炎上劇を見ていたのかも・・・などと一瞬妄想するが、これまたそんなわきゃーない。宮内庁の職員はヒマでもその人はヒマなはずはない。公務員はよく来るんだよほんと。明らかに仕事と無関係な検索ワードから。いいなあヒマで。

ということで以上ですー。
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2006年05月25日

追記〜鎮火失敗

追いかけるほどの話ではないが、一応追記。

ZAKZAKは昨日の17時の更新で、トップに藪本雅子氏のblogが炎上している事を伝えた。そしてYahooが、日本のwebにおける超一等地であるトップページの右側、トピックスにこれを転載。多くの人の知るところとなった。

その内容がこれ
一読して「なんか妙な文章だなー」という印象があるが、ZAKZAK側もいじったと勘繰られては困ると思ったか、最後の奇妙な「こんなにたくさん書かれて、困ってしまいましたか?」の後に「(原文通り)」と付け加えている。

今はしばらく静観することにしています」ともあり、しばらく更新はないだろうと思われた本人のblogが、なぜか20時49分に更新された。これだ。

YahooやZAKZAKで知った人たちがここへ行った場合、その文章の違いに戸惑ったのではないか。
メディアには軽い調子のメールを送り、炎上中の自分のblogでは「さめざめ泣いた」「まだキーボードをうつ手が震えている」と気の毒な私をアピールした上で「もうこれで終わりにさせてください」とお願いしているのである。内容がバラバラなので読む側に説得力を与えられない。「どっちが本当なんだ」と疑念を抱かせてしまうのだ。

最初にこの騒動を知りその文章を読んだ時に、正直この人の知的水準にかなりの疑問を持った。それ以外のことも感じ取ったがそれはいくらなんでも人格攻撃になるから書かない。文章というのはいろんなことを伝えてしまう、と思った。自戒しなければ。

逃げも隠れもいたしません」から「終わりにさせてください」まで1日と13時間35分であることがエントリーからわかる。自分の書いた事を「都合が悪いから」と安易に削除しないことについてはそれなりに誠実と言えるのかもしれない。

しかし同時に、この一件でおそらくは最大の被害を蒙った人のプライバシーが特定される情報までも晒しっぱなしにしたままなのである。

おそらくもうTBもコメントも読んではいまい。荒れているわけだし。やはりTBで「そこだけは削除すべきだ」と言っている人もいるのだが、そのままにしてあるということは読んでいないのだろう。読んでいるのにそのままにしてあるとはいくらなんでも考えたくない。


ともあれ、こういう人がblogを持ったら周りの人は傷を負わずには済まないだろう。恐い話である。
posted by かおる at 14:00| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

恐るべし中島脚本

16日にブクマしたブログ処世術(304 Not Modified)に今さら触れるが、確かに私にも奇妙なバランス感覚というのはある。

書き手としては、この人は素晴らしいと見られるよりも、身近な人だと思われた方が非常に気が楽になるのです」とあるが、私の場合は身近な人と見られるよりもむしろ「しょうもない人」と見られたほうが気が楽だ。真面目なエントリーにたくさんの人が来て、初めて来た多くの人に読まれた場合「そういうのを連続で書いたら真面目なblogだと思われるんじゃないか、ひいては真面目な人格だと勘違いされはしまいか」などと不安を感じ、なんとしてもバカなことやエロネタを書く。これまでにもしばしばそういうことはあった。

真面目なblogだと自分でも規定してしまったら、もうとてもじゃないが続けられない。論壇系blogなんかやってる人はエラいと思うわ。単に「ここではこういうことしか書かない」と決めていて、別のところでなにか発散してるのかもしれないけど。

というわけでなにかしょうもない話でも、と思うのだが何も思いつかない。困ったなあ、と思っていたら2ちゃんのニュース速報にURLを晒されてアクセスがガーッと増えていた。またアレだよ。原田知世と島田紳助のやつ。これに人がいっぱい来るたびになぜか暗い気持ちになる。みんなトラブルが好きなんだなあ。あと、これが当blog通算アクセス数ダントツ1位のエントリーなはずで、それを思うとますます情けなくなる。どうせそこしか読まないでさっさと帰るから書くけど、アレ消しちゃった方がいいような気もする。紳助好きのDQNも読むわけだし。でも他の人のコメントとかもあるしねえ。どうしたもんだか。まあいいや。


あーそうだ、くだらないこと思い出した。
2日連続でオンタイムで見られた「我輩は主婦である」の流れでフジにチャンネルを変えて「偽りの花園」を見てしまったのだ。「真珠婦人」にハマった身としては、中島丈博脚本の強烈な中毒性はよく知っているから今回はあえて見ていなかったのだが、やはり見るんじゃなかった。

昨日は上原さくらが夫に五寸釘入りのパンを食わせていた。食べ物ネタキターといったところ。さすがにたわしコロッケのインパクトには及ばないが、出演者一同の目を剥いた大仰演技もあわせて実に異常な世界が展開していた。ストーリーなどわからないがとにかく異常な事だけは誤解の余地なくわかる。

なにしろ今HPを見てみたら、今日のタイトルは「蛭のような妻」である。一瞬カエルかと思った。いやカエルでもヘンだけど。ヒルだよヒル。どんなタイトルだ。「ストーリーバックナンバー」ってところを見てみたら昨日のタイトルは「パンの中の釘」。そのまんまである。「背徳のセレブ」とか「絶望ドライブ」とか何を見てもおかしくなってくる。

「我輩は主婦である」のついでに録画してしまおうか。うう、悩むぜ。


<追記>こんな記事を見つけた。五寸釘パンはまだオードブルだったのか。うはー。期待が高まる。(←完全にやられた人)
posted by かおる at 12:39| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

ある「自称記者」の暴挙について

innocent」という言葉があります。イノセント。時々耳にすることがあります。


形容詞としては

1 無罪の
2 無邪気な
3 悪意のない; 無害な
4 単純な; お人よしの
5 章〈叙述〉持たない, 欠いている, 知らない


名詞としては

1 純真な人特に子供; 潔白な人; 罪のない人
2 おめでたい人, 頭の弱い人


副詞としては

罪なく, 何も知らずに; 無邪気に

だそうです。(新グローバル英和辞典

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藪本雅子氏のblogがたくさんの人達から批判され、コメント欄も大荒れになりました。簡単に経緯をまとめておきます。


盗撮で思う

日本テレビの男性アナウンサーが2月にJR横浜駅構内で女子高生のスカートの中を隠し撮りしたとして、神奈川県警戸部署に県迷惑防止条例違反の疑いで書類送検されていたことに関して。


おことわり

前エントリーに1000件を超えるコメントがあり、「非常に不愉快なものが多かったので申し訳ないですけれど、本文ともども、削除させていただきました」「このブログは私が個人的に楽しんで書いているだけのこと。このページをあけるたびに、いやーな気分になりたくないもので」とエントリー・トラックバック・コメントのすべてを非公開にする。

その後火に油を注いだことに気付き、再び公開。この段階でこれまでの行動について一切の釈明無しに「逃げも隠れもいたしません」と強調。


返信

なぜ「盗撮で思う」のようなエントリーを書いたのかの釈明と被害者側への謝罪。

<追記 26日17:10>この3つの記事は26日午前7時をもって「今回寄せられた全てのコメントを一度見直す必要があると思いますのでいったん、本文とともにコメント欄を閉じさせていただきます」との文と共に消されました

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Internet Watch内のやじうまWatch(2006/05/22)には「藪本雅子さんのブログ炎上するも「逃げない」宣言で雰囲気一転」というタイトルで支援のコメントが増えたことを伝えています。

よかったですね。

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つまり一つ目のエントリーで愚劣な事を書き、二つ目で火に油を注ぎ、三つ目で鎮火に成功した、というのが一連の経緯です。

さて、この騒動をきっかけに今後どんな事が起きるのでしょう。

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なんと、新たなblog界のスター候補生が生まれたのです。意外でしょうか?いや、これはまず間違いありません。

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2004年07月03日のエントリーで、始まった直後の眞鍋かをりのblogについて私は「何か事件が起きれば二言目にはネットのせいにするマスコミ相手に、ネットコミュニティ評論家みたいにふるまうのもアリかもしれない。この手のオヤジメディアに必須の学歴もあることだし」と書きました。その後の「blogの女王」ぶりはご存知の通りです。

ポイントはネット内での評価ではなく、マスコミにとって「blogに詳しい女」と思われるかどうかです。はっきり言えば「オヤジ受けの良さ」ということですね。

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つまり今後2,3年で定年退職する団塊世代のおじさんが、暇にあかせて「世間の連中に俺の意見を聞かせてやろうか。blogとやらもあるらしいし」となった時に、籔本氏は

※思いつくまま書き飛ばしたら

※2ちゃんねるを中心に炎上し

※一度は逆ギレしたものの

※結局鎮火に成功した

という実績を持つジャーナリストとして、アドバイスできる立場になったわけです。


さらに眞鍋同様学歴があり(おじさん相手には必須です)、元局アナ。しかも中学生の頃からマスメディアに出続けてきた人。求められれば(いや求められなくても)メディアで踊ることに躊躇はないでしょう。

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いやそれにしても。
この人のinnocentぶりには恐ろしさを感じます。

これから三つ目のエントリー「返信」に書いてある文章を引用します。おそらくこの一連のエントリーは大変話題になっていることもあり10万を超えるアクセスがあるのだと思います。また一度ネットに書かれた事は半永久的に消えません。だから当blogで引用したところで大勢に影響を与えることはないと判断し、あえて引用します。

<追記>藪本氏が記事を削除した事に伴い、当エントリーも一部プライバシーに関わる表記を伏せ字にします。カッコ内はどんな意味の言葉を藪本氏が書いていたのかはわかるように私が付け加えたものです。


××××××(企業)で会社をクビになった人、というのは私の最も信頼する××××××(職業名)でした。入社当時担当していた「××××××××」という番組のスタッフです

だから、彼が盗撮未遂事件を起こした、と聞いて、ショックを受けました。まさか、と思いました。電話しても通じません。マスコミということで、ネットに流しているんじゃないかとか、いろいろと警察に疑われたようで長期間拘留され、徹底的に調べられました。でも、何も出てきませんでした。彼は、ほんとに、出来心でした

釈放後、彼と話をしました。彼は、やったことについて一切弁解せず、私に、迷惑をかけてすみませんと何度も謝っていました。私に謝る必要は全くないんですけど。辞表を出す時、彼は同僚から嘲笑と憐憫と軽蔑の視線に必死になって耐えていたことでしょう。親思いの人ですから、親に対して、何度も心で土下座したことでしょう。自分のやってしまった愚かな行為を心の底から後悔したことでしょう

××(地名)の××××××(学校名)で行われる収穫祭の前日、彼に電話をし収穫祭に誘いました。彼は夜間の清掃の仕事があるから日中はきつい、と言いながらも、夕方収穫祭が終わろうとする頃、来てくれました。久しぶりに会ったその顔はとてもやつれていて数ヶ月間の彼の生活が垣間見えたような気がしました

その彼と別れた後、一人で電車に乗っていて、ミニスカートの女性が私の目の前に現れました。その時、思いました。その見えそうなパンツ、たかがパンツ、されどパンツ、そのパンツで一人の人生が大きく狂う。狂わせたのは、彼本人なんだけれど、八つ当たりに近い気持ちで、その女性のスカートが憎いと思いました

一方は、名前も出され、即刻クビです


この抜き出した文章の中にどれだけの情報が含まれているでしょうか。
試しに番組名で検索しただけである程度の情報が出てきました。ほんの数秒で。あなたの家の近所の図書館には新聞年鑑があります。この頃のテレビ欄や、どんな番組だったかを知る事が出来ます。その後に起きた事件についても。大宅文庫にでも行けばさらに詳しい情報が得られるでしょう。私はこんな出来事があったことを、この文章で初めて知りました。

「彼」の事を思っていると言いながら、炎上を鎮火させるためのエントリーで、改めて取り返しのつかないことをしています。ここで固有名詞や立場を挙げることに一体何の必然性があるのでしょうか?これが何を意味するのかもわからないのでしょうか?

<追記> 23日11:20 危惧した通り、もう個人名が流れはじめています

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私ははてなブックマークに於いて、この人のことを「たぶんばかなんだと思う」と書きました。ひどい事を言う、と思う人もいると思います。

でも、撤回する気にはなれません。また、この人がこれから「blogを書く時の注意点」などという話題でしたり顔で話すだろうことも確信しています。


innocentな人ほど恐いものはない、とつくづく思います。

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本当はどんな形であれ関わり合いになりたくはありませんが、これだけいろいろ書いたわけですから、たくさんの中に埋没して本人にもそれ以外の人にも気付かれないことを承知の上で、トラックバックしておきます。
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2006年05月22日

40回も失敗せずに録画できるだろうか

朝食兼昼食を食べようと蕎麦を茹でて食べ始めた時がまさに13時。
新聞を開いたら宮藤脚本の「吾輩は主婦である」が今日から始まるとある。おおぴったり。

で、蕎麦をすすりながら今見終ったわけだが、これはこの時間に昼ドラを見る主要なお客さんはついていけるのだろうか。斉藤由貴に夏目漱石が乗り移る話である。すごい要約だが。本当にそういう話だ。今日たまたまウチで見られてラッキーだった。

というわけで帯予約決定。
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2006年05月20日

ここひと月ほどの外食産業おさらい

ロイヤル、「てんや」を連結子会社に

ショーック。なんでかというとロイヤルが去年の7月27日に丸紅からてんや株33.29%を引き受けていたという事実自体を知らなかったからである。いちおう外食株は得意にしているというのに・・・投資先としては全く考慮に入れてなかったんだよなあ。時々天丼食べるのに。ボケた話である。

毒ばっかり吐いてる立川談志が、なぜかてんやを誉めてたことがあって意外だった。江戸のファストフードだったという観点からすると、これぐらいの気軽さがむしろ正統という意味だったのだろうか。

そういや近頃は偉そうな食べ物職人の代名詞だった寿司職人よりも天ぷら職人の方が「語る」イメージがあるなあ。

それはそうと「てんや倶楽部」に登録すると3と9のつく日は100円引きになりますよ。なんでそんなこと知ってるのかとか聞かないで下さい。おほほ。

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どうでもいいとはいえこれも知らなかった。
外食チェーンの宮、コロワイドが株式の51%取得へ

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吉野家、はなまるを子会社化・出資比率51%に上げなんてニュースもあった。貧すれば鈍するという言葉しか出てこない。だからカトキチの冷凍うどんの方がうまいって。

すかいらーくは買収による事業拡大を目指しているが、周りの動きの方が早いようだ。買えるとこなくなっちゃうよーん。

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幸楽苑、ラーメン1杯290円に・100円値下げ

16日から順次全店で実施だという。金融的な意味でのデフレは終息したと言われるが(私はいまだに慎重です)、チェーンストアの規模拡大による低コスト化を原資とした値下げはデフレとは無関係に進む。「マクドナルドがデフレの引き金を引いた」などとバカなことを言い出す評論家がいたことからも分かるように、外食産業の値下げは世間に与える印象が強い。外食の低価格セクターはまだまだインフレ対応なんて雰囲気ではないし、対ドル・対元で円高でもある。インフレの空気はまだ出て来にくいのではないか。

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「アントニオ猪木酒場」登場!

うわばかくせー。完全にズレてる。ドラゴン藤波酒場なら行くのに。(大嘘)
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2006年05月19日

楽観とか悲観とかではなくて

なぜか非モテや文化系女子の話ばかり盛り上がり、お金の話題がほとんど目に付かない印象のはてなにこんなエントリーが。

インターネットビジネスが儲からない理由(しあわせのくつ)

論旨は「貨幣は交換をスムーズに行なう為のものだが、ネットでは様々な交換がリアルな社会よりもはるかにスムーズに行なわれる。だからお金の出番が少ない。つまり儲かりにくい」といったところ。私も現時点でのネットとリアルの関係で「ネットでお金が動きにくい理由」としては大筋で納得のいく話ではある。だが

お金によって、直接対面している人以外とも取引ができる様になったし、取引物を取引の場に必ず持ってくる必要もないし、取引の時間や場所が一致している必要もなくなった。お金のおかげだ。こういう制約を解消することこそ、お金の役割だ

とあるが、これは違う、というかこれでは貨幣の機能の一部しか説明していない。もう一つの重要な役割が抜け落ちている。これでは貨幣は「交換機能だけが役割」ということになってしまう。

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ちょっと教科書的ではあるが、御用とお急ぎでない方はWikipediaの貨幣の項目を読んでみてほしい。なかなか面白い。

ここに「貨幣の機能」というのがあるが、この内「価値の尺度」というのはまあどうでもいいと言うと乱暴だが、他の二つよりは機能としてはマイナーだ。重要なのは「交換の媒介」機能と、もう一つの「価値の保存・蓄積」機能だ。ネット界においてこの2つがどうなっているかに触れないと「ネットと貨幣の関係」の全体的なイメージが掴めない。

前述の通りネット界では貨幣の「交換の媒介」機能は低い。しかし「価値の保存・蓄積」機能については別の形で行なわれていて、それはたまに現実の貨幣になることもある。

ネット界において価値のある仕事をする人がいる。優れたコードを書く人。面白いFlashを作る人。考えさせられる文章を書く人。いろんな「価値」を無料で提供している。これらは一方的にユーザーに奉仕しているように見えるが、そうではない。本人にその自覚は無くとも、これらの行動は誰かに何かを「贈与」しているわけではない。たとえ貨幣そのものは動いていなくても「与える人」と「与えられる人」の間に何も起きないはずはないのだ。

ネット界における「良い仕事をした人」には「Respect」が蓄積される。代表的なのはLinuxのLinus Torvaldsだろうか。これが貨幣の動きにくいネット界における「対価」だ。この段階では貨幣は介在していない。感謝され、尊敬されるだけだ。このあたりのことは世間に流布されているネット論で言い尽くされていることだが、問題はここからだ。

現実にはお金が必要なのに、ネットでの評価ばかりむやみに高くて実際は食うや食わずなんて人が出てくるのだ。いや、もういるのかもしれない。その人の仕事はネットでしか出来ないたぐいの事で、それを作るためには多大な労力と長い時間と優れた才能が必要になる。そして完成した結果、その作品やサービスはとてもたくさんの人から感動したとか便利だとか言われ、喜ばれ感謝されている。なのに彼や彼女はパソコンを買い替えられないほどの貧困状態だということは十分あり得るわけだ。今は「それだけ評価が高ければ何かしらの収入につながるだろう」と楽観的に、しかし根拠無く思われているような気がする。それは健全なことだろうか?「健全」という表現に違和感を感じるかもしれない。ならばこう言い直そう。それはSustainableなのだろうか?

結局ネットにおいて蓄積されたRespectを現実の生活に必要な貨幣に換えるためには、今のところ株式を公開して(そして幻想を煽って)大儲けするか、月に10万円稼ぐ人がめったにいないアフィリエイトに望みをつなぐかの二者択一なのである。シェアウェアが最近下火になっているという話は興味深い。ネット上の何もかもが無料になりつつある中で、安い安いと喜んでばかりいていいものだろうか。

必要があれば仕組みは誰かが作るだろうって?そりゃ仕組みは作れるだろう。でもそういう問題ではないのだ。だってネットはお金が回りにくい世界なんだから。水車があったって水が流れなければどうにもならない。

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こんな危惧を持つ私は、冒頭のリンク先にある「僕らネット派」とか「なんて素敵な世界なんだ」といった文章を読むと首筋がかゆくなってしまう人間でもある。


あんまりいいネット派じゃないみたいだ。
posted by かおる at 21:53| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

これはいわゆるアサマシ系ですか

わあ!びっくりした。なんのことかというと、どうせ変化はないんだろうなーと思いつつGoogle AdSenseのアカウントを見てみたら、前回の5から6になっていました。誰だ!クリックなんかした奴は!(激怒)

いやぜんぜん怒ることではなかった。前エントリーを読んであまりにも憐れと思し召した誰かが押してくれたのだろう。とほほー。情けなや。

こっち方面の話題が続いて恐縮だが、昨日主婦が書いてるアフィがらみのサイトとか読んでみた。なんというか、好きでなきゃできないたぐいのものではないかなあ。すんごい情熱である。はっきり仕事だと思わなきゃ成果なんか出ないねこりゃという印象であった。仕事だったら時間をかけるのもいろいろ工夫するのも当然だけど、私にとっては副業ですらないしなあ。こんな面倒な事できねー。

例の「ウェブ進化論」には「物価の安い発展途上国ではGoogleから送られてくるドルは貴重な収入源で、それだけで生活が成り立つ人が生まれている。Google経済圏の誕生である」というようなことが書いてあるが、ここ日本だし。もっとも私の場合はそれ以前にあと何年経ってもGoogleからの振込みなんてないんだが。100$からだったか。もう忘れている。多分死ぬ方が早い。


でまあ読むだけ読んでなんにもしないのもどうかと思い、昨日の夜というか今日の深夜にアマゾンのアフィに登録。おぉついに。試しに3つしかない書評カテゴリのエントリーに貼ってみたら、そのあまりの簡単さに拍子抜け。なんだ、こんなもんだったのか。売れるかどうかはともかく、書影を画像として置いておきたいのである。
と思ったら、よりによってお薦めしたかった「絵画を読む―イコノロジー入門」の書影が無い。


がくーん。なんでこうなるの。

で、文章の途中に画像を挿入するのってどうなんだろうか。複数紹介する場合、その話題のところで書影を入れた方がわかりやすいの?最後にまとめて表示した方がいいの?よくわからん。それはともかく、貼ってみてやっぱり画像は無いよりあった方がいいと痛感。大体地味すぎるんだよこのblog。

あとアマゾンは10冊売れるまではコミッションは1%だそうです。そうです1000円の本が売れたら10円です。最低振込み額は10000円だそうです。やっぱり死ぬ方が早い気がしてなりません。だから老衰で横たわる私に成果が渡される可能性をなんとか高めるために、現金ではなくアマゾンギフト券の方を選びました。1500円から送ってくれるそうです。なんだかアマゾンの思うツボな気がします。

でも結局登録しただけに終わりそうな気もするんだよなあ。2,3回やるともう好奇心が満たされるのか、やらなくなってしまう。リンクシェアなんか1回だけ、12万近くするマヌケな乗馬エクササイズ機の動画を貼っただけである。確かに動画を載せたかっただけだけど、売る気がないのもはなはだしい。まあアレは「こんなもん売れるわけねえだろ!」とツッコんでもらえればよかったわけで、それはいいんだけど。というか売れたら困惑するわあんなのねえ。

アマゾンのマーケットプレイスも2冊出して売れなかったんでそれっきり出品してないし。「ルワンダ中央銀行総裁日記」が結構高く売れると以前書いたが、映画「ホテル・ルワンダ」が盛り上がってる時なんか古い新書なのに2500円ぐらいでバンバン売れていた。でも本棚の肥やしになっているだけなのにめんどくさがって売らず、今では1200円である。ダメじゃん。

めんどくさがり、かつ飽きっぽい。これはなにをやってもダメです。


アマゾンでは直接リンクを張ってる品物だけではなく、そのblogから入って別のジャンルの売り場に行き買い物をした場合でも、そこからの売上げとしてカウントするそうな。

だからアマゾンで家でも買う時は当blogからお願いします。
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2006年05月15日

まぁグダグダってことで

たまに以前書いたエントリーのリンクをチェックする。ちょっと前のものは仕方ないが、ごく最近のものでリンクが切れている時は(新聞などの複数のソースがある時に限ってだが)別の記事につなぎ直すこともある。めったにないけど。

で、5月5日に書評をした時のエントリーのリンク先を見ていたついでにアマゾンのサイトで「若桑みどり」で検索してみた。現在どの本が売れてるんだろうと思って。すると、13年ほど前に出版された「絵画を読む―イコノロジー入門」が1位になっていた。うにゅにゅ。こ、これわ。

私が書評を書いた時には結構下にあったはずだが。少なくとも今3位にある、去年の4月に出た「イメージを読む」の文庫版よりはかなり下だった。ということはアレか、私が「おすすめ」と書いたことと関係あるのか。いやでもなあ、基本的にはひっそりやってるblogですし。そんなにねえ。どうなのかしら。

いずれにせよアマゾンのアフィリエイトをやっておけばなー、といったガツガツした話はさておき、アマゾンのアフィをやってる人はお金ではなくて「書影を自分のblogに載せられる」とか「薦めた本が興味を持たれた」ということが嬉しいのだそうだ。実際報酬なんてホントに微々たるもんですからね。確かに自分は「イイ!」と思っているけど、あんまり知られてない本(に限らずアマゾンはDVDやら雑貨やら何でも扱ってるけど)が、自分のblogを縁あって読んだ人に興味を持たれ、さらに「面白かった」とか「役に立った」と喜んでもらえたら、それは嬉しいだろう。アフィリエイトの仕組みというのは悪用さえしなければ、売る人・買う人・紹介する人の誰もがハッピーなよい仕組みだと思う。

話は変わるが当blogでやっているGoogle AdSenseは、いくら気付かれにくい所に置いてあるとはいえ、通算クリック数は驚くなかれである。。繰り返すが。しかもその内2回は、興味を持った広告だったから私がクリックしちゃったんである。これも不正としてアボセンスの対象になるんでしょうかねわっはっは。最適化すれば0.5%ぐらいはクリックされるという話もあるんだけど、母数が小さいのだからあんまり意味ないだろうし。blogまわりの話題にちょっと乗って実験してみたのだが、マジメにやらなきゃこんなもんである。

まあこういうことに頭を使うこと自体がストレスなので、これまで通り内容・更新ペースともにテキトーにいこうと思います・・・
posted by かおる at 23:43| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

ブログパーツを入れてみた

なにか書こうと思ってもどうもぐずぐずしてしまうので、ちょっとblogの脇の方をいじって気分を変えてみっかと思い立った。だが、いざいじり始めるとseesaaがまたものすごーく重くなっていた。冗談ではなく一回の再構築が終わるのにサッカーの後半部分丸々かかったぐらいだ。いつかサクサク更新できる日が来るのだろうか。

BLOG MOON & STARLIGHT

右下のボタンをクリックしAboutを選ぶと音が出せる。画像をクリックすると月に関するページに行く。これからゆっくり読むつもり。
posted by かおる at 22:33| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

DQNホーテまたしてもネタ投下

ドンキホーテ子会社が架空懸賞を行なったあげく締め切り前に当選者を発表。疑問を持たれたら楽天掲示板で「ちゃんと届きましたよ」などと当選者を装い自作自演の書き込みをした。それがバレた理由が「管理者にしかつかないアイコンをつけたままだったから」というバカっぷり。現在掲示板へのツッコミを全力で削除中。

【自演】ドンキホーテ子会社架空懸賞発覚(大佐blog in ニュー速)

楽天掲示板

すぐバレるような嘘をつくのがこの会社の芸風もとい社風である。民族的理由によるものだという意見もあるようだが本当の所は定かでない。
削除されてるのをリアルタイムで見るのはなかなか面白い。
posted by かおる at 18:47| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

くだらねー

能田曜子AVデビュー!!

これは笑った。まさに出オチ。コメントつけてる人たちの「こっちの方が」連発にも笑った。
posted by かおる at 12:16| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

IKEA  行かずに語る

というタイトルを思いついたのは、販売革新や船橋に行った人たちのblogを読んだからだろう。

「日本経済の特徴から見たIKEAのビジネスモデルの弱点」と「日本の家具業界の傾向から見たIKEAの優位性」を踏まえた上で、「現在の出店戦略のミスを早期に修正すれば再び撤退の憂き目にあわずに成功する」という結論を導き出そうとしたのだが、大量の数字がなければ説得力が出ないしその資料が今手元にない。それでぐずぐずしているうちに「その説得力は誰に向けてのものなんだ」という根本的な疑問が湧いてきてしまい「まあそのうち」ということになった。だめだ。

だからこんなもんでひとつ。

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ムッチャケ先生!
お姉さんがレンガで気絶させました

「確かにそうかもしれん」

これで二人の役割分担とかも決定して、あとの事はいろいろ試行錯誤しながら考えていこうということで話しはまとまり、一月くらい暮す準備ができたのです。


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これはここから持ってきたんですけどね。


だから書くことに挫折した時は何も書かない方がいいんだと思いました。
posted by かおる at 08:35| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

今「カンブリア宮殿」を見ている

なんだこの客席のケバい女どもは。客なんぞ入れんでいい。
私が見たいのはあの殺伐とした「Ryu's Bar」なのだと知った。
村上龍とjkondoとアシスタントの3人を6畳間にでも放り込んで中継しろ。くだらん。
posted by かおる at 22:45| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ありゃ

5月3日のエントリーの終わりの方で「対談のサワリ」というところにリンクを貼ったのだが、サイトごと消えてしまいました。まあはてブにクリップされている分とかgoogleのキャッシュは残ってるんだけど。

いや、はてブで話題になった後でも本人のサイトにそのまま置いてあったわけだから、別にかまわないのだろうと思ってリンクしたのだが。悪かったかしらね。
posted by かおる at 13:27| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

若桑みどり  「絵画を読む」「イメージを読む」

休みで時間もあることだし、まるで機能していない書評カテゴリーを更新してみようと考えた。ならば前エントリーを受けて、若桑みどりがジェンダー論を展開している本でも取り上げましょうと思ったんだが、実のところ私は若桑みどりのフェミニズム関係の本は読んだことがないのであった。ええーー。

どういうことかというと、私は美術史家としての若桑みどりの読者なんである。フェミ方面に関しては、美術の本で触れられる部分については多少読んではいるけれど、ジェンダーそのものを扱った著作は読んでいないのだ。もしかして無意識に遠ざけているのだろうか?

ちょっとどんなもんかとアマゾンで「お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門」のレビューを見てみたら、なんというかこの学問の困難を示すような罵声が飛び交っていた。あらら。やっぱりね。男の側からの反論は十分な注意をしないと反論として成立しないのだが(男の側のスタンスそのものを難じているのだから)、愚にもつかない人格攻撃を始める始末。その結果、著者の男性に対する批判の説得力を高めてしまっていることに気がつかないのである。うわー、ばかってかなすぃ。ははは。

ならばどういう批判なら批判として成立するか。たとえばこういうの。

浜下昌宏(神戸女学院大学)による書評
若桑みどり『象徴としての女性像―ジェンダー史から見た家父長制社会における女性表象』

「若桑みどり」という華やいだお名前に胸をときめかさなかったかと言えばウソになるかもしれない
その仕事振り・活動振りには注目を怠らず、敬意を持って著作を読ませてもらっている
などと儀礼的に書いてはいるが、後段の批判はかなり厳しい。

この種の攻撃的フェミニスト特有の単純化(男は皆狼、男は皆家父長制社会の支配者およびその予備軍、etc.)はよろしくない
微妙な差異を捨象してのいっしょくたの論理は学問研究の名に値せず、あまりに政治的・イデオロギー的になることに注意してもらいたい
あまつさえ「本書で著者が成したことは、美術史研究の内在的な論究に導かれて定立した原理論に基づくというよりも、歴史研究の一部としての美術史である」という部分は美術史家としてのありようそのものを批判しているわけで、よーここまで書くわといったところ。関係ないけど内田樹の同僚なんですね。
フェミニストに対する男からの批判はどうしても「この論法自体が差別だ」という話になりがちなので、ここにも書いてあるとおり「敬して遠ざけておきたい」のが普通であろう。よっぽど腹に据えかねたんでしょうか。


でも私は論壇系blogをやってるわけでもないし、フェミニズムの話はどーでもいいんである。前述の通りフェミ系の著作は、よっ、読んでなんかいないんだからね!(←なぜツンデレに)


学生の頃、科学史の授業を取っていた。退屈な講義の最中に、講師が授業の内容とは全然関係なく「今NHKでやってる美術の番組はすごく面白い、見た方がいい」と話し始めた。そういえば女性の講師だった。今思えば何で突然そういう話になったのかわからない。若桑みどりのファンだったのかもしれない。
なぜか興味を覚えて、「人間大学 絵画を読む」というNHK教育の番組を見た。とても刺激的な番組だった。一枚の絵を、それが書かれた時代の思想や社会体制を踏まえて、考えもしなかった視点から解釈していくのだ。それまでさほど美術に興味があったわけでもなかったが、「イコノロジー(図像解釈学)」という学問があることをこの時に知り、絵というものを自分なりに考えながら見るようになった。

この時のテキストを改訂したのが「絵画を読む イコノロジー入門」で、初めて読んだ若桑みどりの本ということになる。十二枚の絵画それぞれに「作者はどういう意味を伝えようとしたか」また「その意味がどんな方法で表現されたか」を解説している。特にデューラーの「メレンコリアT」(これはテレビ東京「美の巨人たち」へのリンク)の解釈は、まるで未知の世界の扉が開かれたような気がしたものだ。初心者向けに平易に書かれた本である。おすすめ。

その後値段の高い本は学校の図書館で読んでいた(人文学系は高いねえ)が、筑摩書房から「イメージを読む」が出た時は手頃な値段だったので買った。「メレンコリアT」と「テンペスタ(嵐)」は「絵画を読む」とかぶっているが、「システィーナ礼拝堂」と「モナ・リザ」も取り上げている。1冊で4作品だけだから、こちらの方が内容が濃い、というか水準が高い。
さて、ここでうれしいお知らせです。この「イメージを読む」が、ちくま学芸文庫から再版されて手に入りやすくなっております(、ってこういうこと書くとアマゾンのアフィリエイトをやってると思われそうだが、やってませんと書いたんだが、このエントリーをきっかけに始めてみました)。というか今気がついたんだけど、アマゾンのアフィリエイトって画像をblogに貼るときに必要だからみんなやってんのか!?えーと話がそれましたが、こっちの方がちょっと読みにくい。やっぱりレビューでツッコまれている。美術史関係の本のレビューはさすがに荒れないようだが。



しばらく経ってから、放送大学でやっていた講義「イメージの歴史」をちょくちょく見たり。今「松岡正剛の千夜千冊」というサイトを見て、この講義録が無性に欲しくなった。買おうと思ったことはあったのだが、講義とセットで図像を見なければわからないだろうと思ってやめたのだ。録画もしていないし。でもやっぱり欲しいなあ。もう講義は終わっているはずだが、まだ売ってるんだろうか。


というわけで私にとって若桑みどりという人は、フェミニズムの闘士ではなく美術に目を向けさせてくれた人なのだ。ジェンダー方面の意見については詳らかではないが、美術に関しては「事実についての知識は、感受性を深めこそすれ決してそれを抹殺しない」(「絵画を読む」より)という意見に全く賛成なのである。
posted by かおる at 23:20| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

フェミがらみで

更新された雨宮まみ氏の「弟よ!」を読んでいたらこんな文章があった。

松浦亜弥の「かわいさ」を記号化して「つくりもののかわいさ」を演出する天才的な能力には、「生まれ付きの自然なかわいさ」をまったくのゼロに無効化してしまう爽快な力があって、初めて見た時は衝撃的でした。

そうか!そうだったのか。ようやく長年の疑問が氷解した。
どんな疑問かというと、「なぜ平井堅とかそっち方面の人たちは松田聖子や松浦亜弥が熱狂的に好きなのか」というものだ。この二人には明らかな共通点があるし、そこが好まれているのだろうことは分かっていたが、なぜこんなにも激しく好まれるのかがわからなかった。

共通点というのは「とってつけたようなアイドルっぽさ」である。雨宮氏が「つくりもののかわいさ」と表現しているのと同じものだ。

心は女である彼らは、いくら努力しても医学に頼っても本物の女になれるわけではない。だからただ生まれただけで「女」であり、そのことを当然の事としている女たちが不快なのだ。直接的に彼氏を奪い合うライバルでもあるのだからなおさらである。

しかし「かわいさの記号」を集積する事によって、人気者になってしまった人がいる。実際は誰にでもできることではなくても、ましてや彼らができることではなくても、現にそうすることでほとんどの女よりも「かわいい」と言われ、憧れられているのだ。それはただ「女」に生まれたことで手に入れられる「生まれ付きの自然なかわいさ」を、後天的に「無効化」してしまうのと同じ事だ。

これは彼ら「永遠に女になれない女」にとっては「爽快」なことで、もっと言えば「救済」ですらあるのだろう。後天的な理由で、そこらの女たちより高い評価を得ているのだ。こんな痛快な事はあるまい。熱狂的に好きになるのは当然のことなのだ。

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雨宮氏はエロ系を主なフィールドとするライターだが、こういう文章を読むと「土台はフェミニズム系の人だなあ」と思う。そこにエロがからんでいるわけで。こっち方面の話はどうしても議論モードになってしまい、それは現状の変革を目指す学問である以上必然的なことではあるけれど、面白く書く事だって不可能というわけではない、はずだ。

そういや私も小倉千加子の言葉をちょこっと引用したことがあったか。この人の言うことは身も蓋もないというか率直過ぎて面白い。対談のサワリがあるのだが、これを読んで「うわキツいなー」と思いつつも大笑いしてしまった。真実とは残酷である。

しかし普通の日本人に「フェミニズムという言葉を聞いて連想する人は?」と聞いたら「田嶋陽子」と答えられてしまうのであって(精神的ブラクラにつきクリック注意)、これは日本フェミニズム業界にかけられた呪いとでもいうべきものだろう。ご愁傷様です。

小倉千加子や若桑みどりの本が好きな男というのもかなり問題含みのような気がするが、どこらへんが問題なのかはなるべく考えずに、この予定のないゴールデンウィークを乗り切りたいものである。さようなら。
posted by かおる at 13:30| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

カンブリア宮殿  2.9%

いやテレ東だから大丈夫。NHKとは別の意味で視聴率がネックにならない放送局だ。低視聴率かどうかはこの独自路線を歩む放送局には関係のないことだ。いやマジでマジで。

というわけで、予定が1クールか2クールかは知らないが打ち切りはないだろう。延長もないけど。

来週の「はてな」と「mixi」の回を見たら気が済むと思う。
posted by かおる at 19:37| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

連休に予定がないとこうなる

昨日の夜は、ラムともやしを炒めたものとキュウリとナスの浅漬けでバーボンソーダを呑む。今日も明日も休みだーという開放感からかものすごく眠くなり、ちょっと横になるつもりがあっさり爆睡してしまう。
だから「21世紀に甦ったRyu's Bar」こと「カンブリア宮殿」をまたしても見逃した。こんなの録画するまでもないしなあ。先週岡野工業のおじさんがゲストの時にエンディングだけ見たけど。変なセットで小池栄子と締めのトークをしていた。どうもVTRが多用されている番組らしいが、私が見たいのはあの異様に寒々しいスタジオトークだけだ。「Ryu's Bar」で、フランシス・コッポラを相手に英語で話していた時の方がよっぽど滑らかだった放送事故みたいなトークが今でも繰り返されているのかまたしても確認しそびれた。くやしい。

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で、今日目が覚めたのは2時半頃。なんか3時間ぐらいしか寝てないんではないか。まあ昼寝すりゃいいや、とテレビをつけてみたらやっていたのが「アクターズ・スタジオ・インタビュー」。ゲストはアンジェリーナ・ジョリー。HPには「アンジョリーナ・ジョリー自らを語る」と書かれている。「ジョ」じゃねえだろ。

で、この人の作品は見たことがないし、ゴシップ的なことだけは耳に入ってくるから、「セクシーかなんか知らんが入れ墨だらけでエキセントリックな口のデカい人」ぐらいの印象だったのだが(←ひどい)、かなり印象が変わった。父親が成功した俳優なのだが、結局離婚。シングルマザーの家庭で育ち、ずっと精神的に不安定だったらしい。「入れ墨だらけ」という状態から「親との関係を否定したいのだろうなー」とは思ったが、子供の時から自傷行為を繰り返していて、その延長でした事みたいだ。しかし、それらの事を明るくというか「自分が実際にやってきたことだから」という感じでサラッと笑いながら話すのである。

「14歳の時に男の子と同棲を始めたの。ウチで一緒に暮らして。そう、母も一緒にね。目の届くところにいた方が安心だからって。その頃自傷行為が始まったのね。彼とのセックスでは満足できなかった。分かりあえない気がしたの。その時彼が集めていたナイフが目に入って。彼に切りつけてみた。そしたら彼も切り返してきて。お互い、すごく分かりあえた気がした」
「傷は残ってるの?」
「ええ、たくさん」

と、こんな話を韜晦を込めながらも観客を笑わせながらイヤミなく話していくのだ。レズ話やらなんやらも。

「ううむ、こりゃモテるわ」と思った。これで暗かったら単なるメンヘルだし(いやメンヘルなんだけど)、カラ元気みたいな明るさなら痛いだけなのだが、カンボジア人の養子に救われているらしく、精神状態が安定した上で静かに過去を振り返っている。通常の「モテ」に飽きるほどモテる男はこういう厄介な女に吸引されるんだろうなーと大変納得した次第である。


私は深夜に何をやっているのか。
posted by かおる at 04:32| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

黄金株って表現は確かにスゴいが

新しいネット商法“ドロップシッピング”は在庫なし・発送せず・集金せずでリスクなし(読売)
アフィリエイトの次、ドロップシッピングとは?(GIGAZINE)

こんなもんただの「いとうまい子システム」ではないのか。アレはカレンダーを先に作っておかなくちゃならないから在庫はあるのか。注文受けてから作るネットの餃子屋だって似たようなもんだしなあ。フツーに「通販」て言いたくないわけね。言葉の寿命はいかにも短そうだが。

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会社法きょう施行 定款変更 相次ぐ(読売)

関係あるようなないような。

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Googleのアニュアルレポートはスーツ組の悲鳴?(Casual Thoughts about Any Phrase)

googleの抱える潜在的リスクを率直に書いただけでさほどネガティブに捉えるほどのものではないというのが第一印象。むしろ正直で好感が持てるぐらいだ。いくら会社側発表だからといっても建前ばかり書かれても困るし。
まあ「お前ら、ものには言いようってもんがあるだろ」とツッコみたくなるのは、いわゆる「株主=会社の所有者」の立場から考えればわかるけれども。

ちょっと古い話だが、日本マクドナルドと米・マクドナルドとの契約内容にこういう属人的なものがあったという。藤田田(デンと発音してください)の著書に書かれていたことだが、「日本マクドナルドとの契約はデン・フジタが死去した場合見直す」というようなものだったという。もちろん藤田田(デンと発音してください)は「これだけ私という人間が信頼されているのだ」と自慢モード全開で書いていたわけだが。

確かにそれは日本マクドナルドが、マクドナルド本社と藤田商店の2社の出資による非公開企業だったからできたことかもしれない。健康状態に不安を持った藤田田(デンと発音してください)が会社をJASDAQに公開する前にそこらへんは改正されていたはずだし。ただ、そういう人間関係がベースになっている経営というものも現にあるわけだ。「公開企業はどこまで属人的であることが許されるのか」というのは興味深いテーマである。侃侃諤諤になって結論は出ないと思うけど。

あと、「会社経営の向上に向けて密に連携をとって迅速な意思決定をすることに表向きにもコミットをしない経営者なんて聞いたことがない」とあるが、本田宗一郎は技術の事ばかりやっていて、経営面は藤沢武夫(Wikipedia)に会社の判子まで渡してまるでコミットしていなかったことを思い出したり。多少伝説化されているところはあるが。


ただまあ、アニュアルレポートに「ベストは尽くすけど辞める時は辞めるしこじれるときはこじれるよ」と書くのは、株主軽視や責任放棄というよりは単に「経営者リスクってもんもあるよ」と言っているだけで、さほど責めるべき事でもないというのが私の印象である。
posted by かおる at 14:21| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする