2020年10月29日

コロナつれづれ 〜2月の君へ〜

年に一度か二度しか更新しない当ブログ。2月17日に「よいお年を!」と今年最後の挨拶をしたけれど、10月末に戻ってまいりました。あれからいろいろあった。いろいろありすぎた。年末でもないのに振り返ってみたくなるほどに。2月の自分に教えたい。これから何が起きるかを。

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前回の更新では「コロナウイルスで大騒ぎ。東京オリンピックはどーなるのという流れになっている」「次に更新する時には答えが出ているだろう。オリンピックのことより、感染するのはもうしょうがないにしても、うっかり死んで最後の更新にならないよう気をつけたい」と書いていた。

東京オリンピックはね、中止じゃなく延期になったよ。いちおう2021年夏にやることになっている。が、これもまだわからない。世界中でコロナが流行っちゃって、特にオリンピックビジネスの主要なお客である欧米が治まらない。無観客開催とかいろいろ言ってるが、オリンピックに関しては難しい決断を先送りにしただけだ。まあそれはどうでもいい。もっと大変なことが起きる。

3月29日に大御所のコメディアンが死んでしまうんだ。これはショックだった。政治家が何を言うより、このニュースで日本全体が「大変なことになった」と雰囲気が変わった。このあと緊急事態宣言発令やらなんやらとなるんだけど、ともかく私にとってはこれが一番大きな出来事だったかな。今でも悲しいよ。

自分の感染状況としては、メモを読み返してみると3月28日に「起床したら喉が痛く空咳」とある。この頃が東京のピークだったのかも。4月3日、「もう治ったかと思ったら、明け方咳がひどくなり味覚嗅覚なくなる」。初めてのことでびっくりした。淹れたてのドリップコーヒーなのに味も香りもまったくなくてただのお湯なの。喉痛いのに異様すぎて笑っちゃう。4月6日、目が充血。左目の白目下半分が真っ赤になりなかなか引かない。症状が落ち着いたのがいつかはメモに残してない。咳やだるさがなくなったのは4月のなかば、一番長引いた目の充血が引くのにもう少しかかった。結局治るまで一ヶ月くらいかかったかもしれない。しつこかった。

ただ、この頃の大方の日本人と同じく検査もしてないし、ちょっとタチの悪い風邪だったのかコロナだったかはわからずじまいだ。自分としてはもうやり終えたと思ってるけどね。

全体的には、日本は不思議なほど死者数が少ない。正確には東アジアとアフリカの致死率が、欧米より2ケタレベルで低い。理由はわからない。一番知りたいことなのだけど、原因が解明される頃には世界で集団免疫ができててどうでもよくなってるかもね。

最悪だったのはマスコミ、特にワイドショーが危機を煽りに煽って、テレビしか楽しみがない情報弱者層をパニックに陥れたこと。この咎めは今でも続いていて、長く尾を引くだろう。デマに近い情報を繰り返しマスメディアで流した者は、刑務所に入れるのが無理ならせめてメディアから永久追放してもらいたいけど。

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これ以上は現在進行形のことでもあるし、長くなりすぎるしで、流れて消えるツイッターに書いた方がよかろう。

経済の人為的かつ強制的な停滞にともない、政府は様々な施策を打った。そのうちのひとつが「Go To ○○」というもので、要は利用者に補助金を出すからお金を使ってくれという政策。不要不急の外出はやめろと言いながら同時にGo To トラベルと言い出し、その支離滅裂ぶりに呆れられていた。第二弾がGo To Eat。どちらも急ぎで導入したから制度設計に穴があり、運用ルールも刻々と変わっていく始末。ただ、ずいぶんとお得にはなるらしい。

たまには私も流行りごとのひとつもやってみるかとGo To Eatを使おうと思い立ったが、情報を集めてみるとややこしい。いや、簡単に済まそうとすれば簡単なのだが、情報サイトなどで「ちゃんとやる方法」を知ると、ちゃんとやらなきゃいけないような気がしてきて、その結果3つも4つもサイトやアプリを使って会計を行う仕儀となった。

こっちが本編なのだが枕が長くなりすぎた。書きはじめる前は想定してなかったが、まさかの後編に続く。えー。
posted by kaoruww at 23:32| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月17日

19年 Twitter @kaoruww をふりかえる

あけましておめでとうございます。2月も後半ですが。
2020年、そして令和最初の更新となります。

恒例の前年ツイートランキングをまとめようとグズグズしてるうちにコロナウイルスで大騒ぎ。東京オリンピックはどーなるのという流れになっている。ブログの更新は例によって年に1,2回ということになりそうで、次に更新する時には答えが出ているだろう。オリンピックのことより、感染するのはもうしょうがないにしても、うっかり死んで最後の更新にならないよう気をつけたい。


第5位


結局岡本社長すら辞めず加藤の乱はポシャり、ロンブー亮はなんとなく復帰し、なぜか宮迫の評判が悪くなるばかりという展開に。


第4位


幸い人民解放軍は動かず騒乱は終息。寄り付かなくなっていた観光客が戻ってきたタイミングでコロナウイルス発生。香港は2年連続の災難で踏んだり蹴ったり。


第3位


こんなよくわからんツイートが伸びるのも不思議だが、これもまたツイッターである。


第2位


これはツイートしたタイミングが早かったようで、意外なほどバズった。サニーサイドアップが仕掛けただの、ごく小さな銭湯業界の闇だのが衆目に晒され、当の勝海さんは過去のパクリ作品群が掘り返されて完全終了。仕掛けてた大人たちの目論見は残念ながら外れたわけだが、浜の真砂は尽きるとも、第2第3の椎名桜子は甦るさ!何度でも!(ラピュタ風)


第1位


令和元年台風第19号
災害救助法適用自治体が14都県390市区町村に及んだ強烈な雨台風。二子玉川の堤防決壊や、武蔵小杉のタワマン騒動など、都市の治水に注目が集まった。このツイートは2位に2倍の差をつけ、過去最高の112万インプレッションとなった。


手短かですがこんな感じで。
Seesaaブログの広告、スマホは消えないらしいんですがPC版は消す設定にしてあるのになぜか消えないんですよね。でも引っ越すのがめんどうで、文句言いつつまた1年経ってしまいそうな気がします。


ではみなさん、くれぐれも健康に留意してご自愛ください。よいお年を!
posted by kaoruww at 22:05| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

「ドグラ・マグラを読むコツ」が思い出したようにバズってた件

2月に早くも今年2度目の更新となりますが、今回もツイッターがらみの話。

ブログを更新してないだけあって、アクセス解析もほぼ見ないが、数カ月に一度思い出すことがある。去年の秋頃だったか、botの巡回とわずかな検索流入くらいのグラフが突然爆発的に上昇した時期を発見した。知らないうちにバズってた。具体的には9月22日以降。どのエントリが読まれたのか調べたら、歴代最多アクセスエントリと思われる「ドグラ・マグラを読むコツ」だった。

しかしリンク元を特定できず、きっかけがわからない。今はたいていツイッターから火がつき、そこから場合によってははてなブックマークに飛び火してブーストがかかるというのが一般的だろうか。ツイッターに目星をつけて、タイトルや「ドグラ・マグラ コツ」などで検索してみたが、それなりにツイートは出て来るも、どれもバズというほどではない。

試行錯誤したあげく、「ドグラ・マグラ」からナカグロを取って「ドグラマグラ コツ」で検索したらビンゴ。


349RT 484FAV このツイートがきっかけのようだ。11年も前のエントリがまた多くの人の目に触れたようで、ありがたいことである。

ツイッターを始めてからというもの、流れては消える140字の短文ばかり書いているから、たまにはこうして10年経っても読まれるまとまった文章を書いてみようかと思うこともあるが、結局また今度ねということになってしまう。

そしてこれが2019年最後のブログ更新ということになるのでしょうか…? まあ平成最後の更新になりそうな気はします。よいお年を!


【関連】「ドグラ・マグラを読むコツ」がご好評をいただいてる件
posted by kaoruww at 11:41| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月16日

18年Twitter @kaoruww をふりかえる

結局18年のブログ更新は2回だけだった。

ブログの運用について書くことも去年と同じ。大部分がスマホで読むようになったのに、Seesaaは誤クリック狙いのウザいバナーを出し続けていて、読みにくいこと甚だしい。質の低い広告スペースも増えている。移転すべきだがなにしろほぼ更新しないものだから、引っ越す手間をかける動機も弱い。いちおう19年の課題としておこう(また先送り)。

年間ツイートランキングを作るのに便利だったfavstarが5月にサービスを終了した。18年はTwitterのサードパーティ規制もあり、元々うまくいってなかったTwitter関連サービスが消えた年だった。実際favstarに課金したことなかったしね。仕方ないね。Twitter本体のツイートアナリティクスを見ながら地道に並べていこう。今回からRT+FABの合計順から、インプレッション(ツイート閲覧数)順になります。

また、18年から返信機能を使ってツイートをツリーでつなげていくやり方を多用した。そのためここに挙げるツイートから連鎖的にバズったものもあるが、すべてを挙げると煩雑になるため各月最多ツイートから一つだけをランキングする。


第5位



第4位



第3位



第2位



第1位

1位だけ一連のツイートも記録しておく。








































posted by kaoruww at 04:05| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

フルーツパーラー レモンがいろいろたいへんな件





高島屋新宿店地下にあったフルーツパーラー・レモンが突然撤退したのは2012年のこと。新宿店だけでなく、東京にあった2店舗を閉店し、本拠地・名古屋の3店舗だけを残すと伝えられた。

レモンを経営していたのは(株)カタオカインターナショナルフルーツ(Webアーカイブ)。代表の片岡隆春氏は、テレビで『山本益博が「果物の師匠」と仰ぐ』と紹介されたフルーツ界の有名人。服部調理師専門学校のサイトには特別講師として今でも掲載されている。
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農林水産省のサイトには「果物の楽しみ方」(PDF)(HTML)という片岡氏の講演録があり、美味しい果物の選び方や切り方を話していて面白い。宮内庁にりんごジュースを献上したら紀子様が気に入られ、招待を受け作り方をレクチャーしたエピソードや、「本物を売る」ことが世間になかなか受け入れてもらえない難しさを語っている。


ふと、「あれからレモンは名古屋で繁盛しているのだろうか」と気になり検索したところ、意外な事実が。

倒産情報:(株)カタオカインターナショナルフルーツ(愛知)(データマックス)
2016年8月23日事業停止。負債総額3億円。他のサイトには「昭和56年8月設立のフルーツパーラー経営業者。百貨店内などでフルーツジュースやフルーツゼリーなどを販売し、各地に店舗展開していた。しかし、長期のデフレ経済と昨今の厳しい消費不況に売上高は減少、不採算店の閉鎖など行ってきたが、業績の改善には及ばず今回の事態に至った」とある。

調べていくと、16年10月4日に同社は名古屋地裁より破産手続開始の決定を受け、17年7月19日には片岡氏が破産の末免責を受けていた

あの美しく、おいしいジュースやデザートは失われてしまいもう食べることはできないのか… 
東京からの全面撤退もあまりに唐突だった。たしかに少々値は張ったかもしれない。今も食べログに残る新宿店のメニューの一部。

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しかし実際食べてみれば、プロがベストのタイミングで提供するフルーツでこの味なら決して高くないと思えた。フルーツとはたしかに不要不急の、余裕がなければ後回しにされてしまうものかもしれない。長く続いたデフレ環境では、最高のフルーツを出すというコンセプトの店は、東京では高島屋、名古屋では松坂屋という客単価の高いデパートですら厳しかったのだろう。いや、デパートという高いマージンを取られる場所に出店していたことも余計に苦しくなった理由の一つだろうか。


そういえば1846年(弘化3年)創業の老舗で、千疋屋と並ぶ高級果物店の万惣も店じまいしてしまった。

2012年4月16日 池波正太郎が語る万惣

ここは東日本大震災による建築規制の変更が閉店の直接の理由ではあるが、その影響があるのは神田須田町の本店だけで、銀座松坂屋や新丸ビルの支店には関係がなかった。それでもすべての店舗を閉めてしまったのは、高級な果物を商うにはあまりに厳しい環境だったということだろう。


残念なことだなあ、と嘆いていたところまた思いがけない情報が。

丸栄フルーツパーラー”レモン”は"檸檬屋"として再オープンした模様(おいしいなごや)

レモン閉店後の16年9月から片岡氏の息子が、丸栄百貨店の店舗を引き継いだという。仕入れ先、パーラーのレシピ、店構え、店員もそのまま。えーっと会社は破産したわけで取引先とは大丈夫なのと思ったが、話がついたのでしょう。公式サイトを探してみたけど見当たらない。ともかく店としては続いてるようだし、よかったよかった。

と思ったらさらに、

名古屋の老舗百貨店閉店へ=「丸栄」、18年6月末(時事)
 名古屋市にある老舗百貨店、丸栄は18日、2018年6月末に閉店すると発表した。建物の老朽化が進んだ上、消費者の百貨店離れで業績改善は難しいと判断した。外商など一部を除き、古くから地元で親しまれた大手百貨店の一角が消えることになる。
 1615年に前身となる呉服店が創業。近年は主力の婦人服が苦戦して売り上げが低迷し、医薬品会社の興和(名古屋市)の傘下で立て直しを図っていた。興和は周辺ビルも含めて最大約2000億円を投じて跡地を再開発し、27年をめどに新たな商業施設の開業を目指す。
 記者会見した丸栄の浜島吉充社長は、「テナント化を進めてきたが、業績改善のめどが立たなかった」と説明。興和の山下孝治副社長は、丸栄の屋号について「個人的に社名は残したいが、(再開発の)施設に残ることはないだろう」との見方を示した。(2017/12/18-17:59)

どうやら6月には檸檬屋も否応なしに閉店ということらしい。なんだかたいへん。まだ紆余曲折ありそうだが、なんとか生き残ってほしいものである。

<追記>丸栄閉店後の7月15日、栄から大須に場所を移し路面店として再開した模様。こじんまりとした店のようだ。長く続くことを祈る。
posted by kaoruww at 23:19| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする